【10/10発売!】聖女と公爵様の晩酌〜前世グルメで餌付けして、のんびり楽しい偽物夫婦ぐらし~
夢生明
1章
プロローグ 三食「晩酌付き」の契約結婚
「まず伝えておくが、これは契約結婚だ。君と交流を深めるつもりは毛頭無い」
そう告げられたのは、結婚のための書類にサインをしようとしている時だった。目の前に座っている男、アベラルド・イーサンは、そう伝えてきた。
彼の海色の瞳はどこまでも冷徹で、憎々しげに私を睨みつけている。彼が周りから「冷徹公爵」と呼ばれているのも納得の恐ろしさである。
私の名前は、ジゼル。教会孤児のため姓はない。その代わりと言ってはなんだが、私には前世の記憶があった。
前世を思い出したのは、突然のことだった。教会の最高権力者である司教に命じられて、24時間ぶっ続けで働かされている時だったと思う。睡眠を十分に取っておらず、意識が朦朧とする中で突然気づいたのだ。
教会ってブラック企業みたいじゃない?、と。
一度気づいてしまえば、そこからは前世の記憶が雪崩れのように頭に押し入ってきた。
前世の私は、しがないOL。毎日働き詰めで、上司からの叱責、突然の受注、理不尽なクレームに対応する日々。所謂、社畜というやつだ。時間外労働も、会社に寝泊まりするのも日常茶飯事で、週に1度ほどしか家に帰れない。
その日、数日ぶりに帰れることになった私は、久しぶりの家に浮かれていた。コンビニで買ったビールとおつまみを片手に帰路を急ぐ。しかし、寝不足で足元をふらつかせており、階段を踏み外した私は、死んでしまったのだ。
そんな最期を思い出した私は、このままブラック企業‥‥‥もといブラック教会にいたら、また働きづめで死ぬと思った。だから、教会に他の仕事を求めたのだが‥‥‥
まさか「冷徹公爵」と呼ばれる男に売られて、結婚を命じられるとは思いもしなかった。
「あの。何故、私と結婚しようなどと思ったのですか?」
「領地で瘴気が発生しており、一時的な浄化では状況の改善が出来なかった。長期的な領地経営のために、浄化をすることの出来る聖女が必要だっただけだ。
聖女だったら誰でもよかったし、君が特別な訳ではない」
「なるほど」
確かに、ここに向かう途中、公爵家の領地には瘴気の特徴である黒いもやが漂っていた。
瘴気とは空気を汚染して、作物を枯らしたり、作物を育てなくさせるものだ。普通は聖女が浄化をすることで、完全に瘴気を晴らすことが出来る。しかし、公爵家の領地では一時的に瘴気が消えても、また元に戻ってしまうらしい。
そこで、継続的に浄化を行えるように、聖女の力を持っている私が派遣されたみたいだ。
「俺は聖女の力が、君たち教会はお金が必要。便宜上、君を妻として迎えるし、生活も保証する。しかし、そこに愛など必要ない」
彼の言葉から察するに、教会は彼に莫大な寄付金を求めたのであろう。大司教は教会孤児たちを働かせて、いつも私利私欲のためにお金を使っていたのだから。
私には一銭たりとも支払われていないのに、「君たち教会はお金が必要」と言われると少し理不尽にも感じる。
「分かりました。契約結婚ですから、大丈夫です」
元々、教会と公爵家の利害の一致から行われた結婚ならば、必要以上のことは求めたくない。しかし、私にはやりたいことがあった。せっかくなので、それも叶えてもらいたいと思う。
「一つだけ条件があります」
「なんだ? これ以上、何を望む」
警戒をしている公爵様の前に、私は人差し指を立てた。
「夜は、一緒に飲みましょう」
「は?」
「私、飲み友達が欲しいんです」
前世の社畜だった私にとって、唯一の楽しみが飲酒だった。仕事が一段落して家に帰ることが出来た日に、冷えた缶ビールを飲むために生きていたと言っても過言ではない。
けれど、残念ながら、私には一緒に飲む相手などいなかった。仕事に忙殺されており、恋人はもちろん、友人と交流する時間など作れなかったのだ。
別にそれでいいと思っていたけど、「誰かと一緒に飲みたかったなあ」と思ってしまったのだ。転生しても教会の社畜をしていたため、ずっとその機会がなかったけれど、今回の結婚は前世の願いを叶えるチャンスだと考えたのだ。
公爵様は口元に手を当てて、難しい顔をしている。
「何か問題でもありますか?」
「問題はない。だが、もっと他に要求したいことはないのか?」
「はい。週に一度でいいので、晩酌しましょう」
彼は、しぶしぶ頷いた。
「晩酌だけでいいなら‥‥‥」
こうして、私と公爵様の三食「晩酌付き」の契約結婚が決定した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます