第三章

 私、大藤 ほむら(だいとう ほむら)は大きなあくびをした。

 ……眠い。

 寝不足の原因は、わかっている。昨日も、かなり遅い時間まで捜し物をしていたせいだ。しかし残念ながら、肝心の失せ物はまだ見つからない。揺れるサイドテールに結った自分の髪も、どことなく萎れて、元気がないように見える。

 ……どうしよう。時間も、もう残されてないのに。

 働かない頭で色々考えながら雨晦明学園へ登校していたせいか、私は他の生徒とぶつかりそうになってしまった。

「おっと」

「あ、すみません! 大丈夫ですか?」

「ええ。特に問題ありません」

 そう言って、三編みの少女がこちらへ振り向いた。分厚いレンズの黒縁眼鏡が、夏の日差しに照らされて煌めく。

「何か、悩み事ですか?」

「え?」

 ぶつかりそうになった雨晦明学園のセーラー服を着た少女が、ぬっ、とこちらへ近づいてきた。

「顔色が、あまり優れないようなので、何か悩み事でもあるのかと思ったのですが。例えば、探しものが見つからない、だとか」

 彼女の言葉に、私の心臓が跳ね上がる。でも、この女の子に何か話した所でどうにかなるとも思えず、私は首を横に振った。

「な、何でもありません。ただ、ちょっと疲れているだけです」

「……そうですか」

 そう言って彼女は、一歩後ろに下がる。そんな彼女に、私は一礼した。

「本当に、すみません。ぶつかりそうになった挙げ句、心配までしてもらって」

「いえいえ、そんな大層な事はしてませんから」

 それでは、と言って、少女は踵を返した、と思った瞬間、そのまま一回転した彼女が、私に顔を近づける。

「今ではなくても、もし何か問題を抱えた時は、高等部一年の不知火帝一を頼るといいそうですよ」

「不知火、帝一……」

「では今度こそ。それでは」

 霧の中に消えるように去っていく彼女の背中を見ながら、私はそう小さくつぶやく。

 クラスは違うが、同じ学年、つまり同級生の不知火帝一の噂は、私も知っていた。

 ……確か、修学旅行の行き先が決まらない問題を解決した人よね?

 具体的に、その不知火帝一という人物がその問題にどう関与したのか、私は知らない。

 でも、あの不知火家現当主の孫という肩書だけは、知っている。

「不知火、帝一」

 もう一度私は、彼の名前を口にする。

 そして意を決したように唇を噛むと、校舎の中へと入っていった。

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