第三章
①
私、大藤 ほむら(だいとう ほむら)は大きなあくびをした。
……眠い。
寝不足の原因は、わかっている。昨日も、かなり遅い時間まで捜し物をしていたせいだ。しかし残念ながら、肝心の失せ物はまだ見つからない。揺れるサイドテールに結った自分の髪も、どことなく萎れて、元気がないように見える。
……どうしよう。時間も、もう残されてないのに。
働かない頭で色々考えながら雨晦明学園へ登校していたせいか、私は他の生徒とぶつかりそうになってしまった。
「おっと」
「あ、すみません! 大丈夫ですか?」
「ええ。特に問題ありません」
そう言って、三編みの少女がこちらへ振り向いた。分厚いレンズの黒縁眼鏡が、夏の日差しに照らされて煌めく。
「何か、悩み事ですか?」
「え?」
ぶつかりそうになった雨晦明学園のセーラー服を着た少女が、ぬっ、とこちらへ近づいてきた。
「顔色が、あまり優れないようなので、何か悩み事でもあるのかと思ったのですが。例えば、探しものが見つからない、だとか」
彼女の言葉に、私の心臓が跳ね上がる。でも、この女の子に何か話した所でどうにかなるとも思えず、私は首を横に振った。
「な、何でもありません。ただ、ちょっと疲れているだけです」
「……そうですか」
そう言って彼女は、一歩後ろに下がる。そんな彼女に、私は一礼した。
「本当に、すみません。ぶつかりそうになった挙げ句、心配までしてもらって」
「いえいえ、そんな大層な事はしてませんから」
それでは、と言って、少女は踵を返した、と思った瞬間、そのまま一回転した彼女が、私に顔を近づける。
「今ではなくても、もし何か問題を抱えた時は、高等部一年の不知火帝一を頼るといいそうですよ」
「不知火、帝一……」
「では今度こそ。それでは」
霧の中に消えるように去っていく彼女の背中を見ながら、私はそう小さくつぶやく。
クラスは違うが、同じ学年、つまり同級生の不知火帝一の噂は、私も知っていた。
……確か、修学旅行の行き先が決まらない問題を解決した人よね?
具体的に、その不知火帝一という人物がその問題にどう関与したのか、私は知らない。
でも、あの不知火家現当主の孫という肩書だけは、知っている。
「不知火、帝一」
もう一度私は、彼の名前を口にする。
そして意を決したように唇を噛むと、校舎の中へと入っていった。
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