7 校外実習(二) ④

 そのとき、村の方向から叫び声が聞こえた。


「シーナ! 学校には連絡したよ! すぐに来てくれるって!」


 ルアの声だ。その後ろからグレアも駆けて来ている。ジェイクの姿は見当たらない。


 しかし、今は戦闘の真っ只中だ。うかうかと走って来られても、危険が増すばかりだ。


「止まって!」


 シーナの声は儚く、次の瞬間、ルアの足元からフィーレの炎が立ち上がった。ユウキの炎だ。


「邪魔者は消えてしまえ!」


 彼の叫び声に重なって、ルアの叫び声が響き渡った。後ろにいたグレアは巻き込まれなかったが、炎が強すぎて助け出すこともできなかった。


 マスクが一瞬そちらに目を遣った隙に、シーナは彼の腹を牛刀で刺し、燃え上がるルアの元へ駆け寄った。


「ルア! 今助けるからね!」


 シーナは燃え盛る炎の塊に手を突っ込み、ルアを引っ張り出そうとした。しかしその努力も無駄に、ルアはむなしく炎の中に崩れ落ちた。


「ルア! 立って!」


 シーナは身体ごと炎の中に入っていこうとしたが、後ろからグレアに引っ張られた。


「やめろ、死ぬぞ」

「でも、ルアが……」


 シーナの瞳からは涙が流れていた。フィーレの柱から出てきた自分の腕はわずかに紫色になっていた。水疱すいほうが見ていられず、自分の腕ではあったが思わず目をらしてしまった。


「女が! 俺たちの相棒を刺しやがったな!」


 ユウキが叫んでいる。シーナは彼を睨みつけると、歩いて少しずつ近付いた。


「シーナ、待て! もうすぐ先生たちが来るはずだ!」


 後ろからグレアが叫んでいるが、シーナは脇目も振らず突き進んだ。ユウキはフィーレをいくつも作り出しているが、まるで気にする様子もなかった。火傷に火傷を重ねているが、全く彼女は足を止めなかった。


 ユウキの目の前まで来たところで、右手で彼の首を強烈に握り締めた。うめき声を上げていたが、容赦しなかった。


「離れろ!」


 グレアが再び後方から叫んだ。シーナは即座にカイの方を確認すると、カイはその手でシーナのいる場所を空間で切り取ろうとしているところだった。


 シーナは咄嗟にユウキをカイに向かって投げ飛ばすと、その場を離れ、今度はカイに向かって走った。


「あなたがリーダーよね。どうやって落とし前をつけるつもり?」


 シーナは目にも留まらぬスピードでカイの目前までやってくると、彼を羽交い締めにした。そばではユウキがき込んでいる。


「お前こそ、マスクをやってくれたじゃないか。それについてはどう説明するつもりだ?」


 マスクのいたところを横目で見てみたが、彼はもう動けないようだ。遠目のため定かではないが、すでに死んでいる可能性さえある。確実に仕留めるつもりはなかったが、勢いよく刺したために内臓まで届いていたのかもしれない。


「……あなたたちが先に攻撃してきた。正当防衛よ」

「なるほどな。そう言っておいてもいいが、俺たちがここで何をしようとしていたのかを示す証拠はどこにもない。お前がカクリスの生徒を殺したという事実だけが残って、その後はどうなるだろうなあ」


「あなたたちがしようとしていたことは、私たち全員が聞いている。証言があるのよ。正当防衛は立証される」

「録音でもしたのか? この状況だけ見たら、お前たちが勝手に早とちりしただけとも捉えることができる」

「……そこまでして、自分たちのことには責任が持てないのね。情けない」


 そう言ったシーナだったが、急に後方から身体を持ち上げられ、カイを縛っていた腕が外れてしまった。


「きゃあ!」


 地面に投げ飛ばされ、彼女は悲鳴をあげた。目の前には、彼女を見下ろすレイの姿があった。医療魔法で戦闘に参加していなかった彼の存在を完全に忘れていた。


「さてと、お前のことはどうしようかな」


 カイが彼女の腹を足で押さえつけ、動けなくした。


「おい! そこで何をしている!?」


 見えないところから、全く別の人物の声が聞こえた。


「その子から離れなさい」


 男性の声に続き、女性の声も聞こえた。どうやら、ダランの教員が到着したようだ。


「チッ、仕方がねぇ。ユウキ、レイ、逃げるぞ」


 マスクを置いて、カイたち三人はどこかに走り去ってしまった。教員たちが「待て! 逃げるな!」と叫んでいたが、すでに姿は消えていた。


「君、大丈夫か? 怪我は?」

「ひどい火傷をしているわね。すぐに治療するからね」


 女性の方が医療魔法を使えるようだ。シーナの腕の火傷をしている部分に手を当てると、彼女の魔力が体内に流れてくるのが感じられた。


「ジャスミン、そっちは頼んだ。俺は村の方を見てくる」


 ダランの教員のローブをひらひらと舞わせながら、その男性は遠ざかっていった。少し進んだ先でグレアと話し、ルアとマスクをそれぞれ一瞥いちべつしてから村の方向に走っていった。


「ここで何が?」


 ジャスミンが口を開いた。


「さっきのカクリスの生徒たちが……」


 シーナは、小屋で聞いた彼らの話、ここで起きたことを説明した。ジャスミンは一度も話を遮ることなく話を聞いてくれ、シーナの心は落ち着きを取り戻しつつあった。

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