奏とランタンと手持ち花火4

「翔ー!!奏ちゃん!!見てくれ……!!俺は今、この国で、世界で一番光輝いているっ!!そう俺はシャイニングの異名を持つ男────」


 立花は持てるだけの手持ち花火を両手いっぱいに持ち、一気に火を付けると振り回すように浜辺ではしゃいでいる。


「危ないからほどほどにしておけよ」


 俺の忠告も耳に届かないほどテンションの上がった立花は、浜辺に立てられたついたてを越えて、なおも止まらずそのまま海へと一直線に───その数秒後に着水する、ドボンと言う音が響いた。


 大和さんに夜の海にだけは入るなよと数分前に忠告されたばかりなのに、本当に困ったやつである。


「あは。立花君って面白いんだね」


 俺の座る階段の真横に座る奏。

手に持つ線香花火の火種が笑ったはずみで落ち、砂の上でゆっくりと、どす黒く変わっていった。


「面白い?あれはただの悪のりだろ。奏みたいに認めてしまうやつがいるから、調子に乗るんだぞ」



 奏はそれには何も言ってくる事は無く、落ちた火種が変化した黒い燃えかすをじっと見つめている。

 そして一拍の間の後、奏は口を開いた。


「線香花火ってさ、なんか夏の終わりって感じで寂しい感じしない」


「そうか?……いや、そうかもな」


 少し肌寒くも感じさせる気温が思わせたのか、奏の意見に賛同できた訳では無いのだけれど、少し寂しいような気がした。



「この線香花火がさ、もし私達の青春なんだとしたら、立花君じゃないけど、パチパチっと力強く輝いてる!!と思っていても次の瞬間にはもう落ちて黒くなっているかもしれないんだよね」


 火種の落ちてしまった線香花火の持ち手を愛おしそうに撫でる奏の手付きは、とても蠱惑的こわくてきに見えた。


 奏はゆっくりとした所作で顔をあげると、手に持った線香花火を水のはってあるバケツに名残を惜しむように丁寧に入れた。


 奏は何を言いたかったのだろう?真意はわからない。

 それに、わかりたくなかった。だから俺はあえて茶化して誤魔化す事にした。


「急にどうした?明日の朝起きた瞬間ときに、今言ったことを思い出して恥ずかしくなって枕に顔を埋めて悶える事になるぞ」




「ふふふ。そうかもね」


 そう言って奏は一つ伸びをした。


「んー、ここ一週間、翔君一人にさくらちゃんのお散歩押し付けるような事しちゃってごめんね。サプライズパーティーをする為とは言え、ちょっと罪悪感感じてるんだよね。明日からは元通り、夕方は私が行くから」



「それは別にいいよ。奏が来る前は、ずっと一人でやってきたんだ。気にすんな」


「んー。ありがとう。気持ちだけありがたく受け取っとく」


 なんだろう今日の奏は、いつもと雰囲気が違う。こちらのペースが乱される。

 居心地が悪いという訳では決してないのに……



 奏も肌寒さを感じているのだろう。

 羽織ったパーカーでショートパンツからチラリと覗く白い健康的な太ももを覆い隠すと、ここからでは見ることの出来ない海の方角を見ながら言ったのだ。



「翔君ってさ、好きな女の子とかいないの?」



「……いない。もう奏も気がついてると思うけど、俺は人付き合いが苦手なんだ。多分、今後一生それは変わらない」



「ふーん。でもナンパはするんだね」


「はっ?俺はそんな事しないけど」



「嘘つきー。この前、立花君と女の子二人組に声かけてたでしょ?」


 奏の湿ったような視線がこちらに向けられていた。いわゆるジト目って言うやつだ。


「見てたのかよ……いやあれは違うんだよ。佐渡先輩に……」


 途中まで言いかけて、言ってはいけない事だったと思い出して口をつむんだ。


「さくらちゃんの散歩をしていた時に見かけたの。佐渡先輩?佐渡先輩とナンパがどう関係があるの?」


 全て洗いざらい話して楽になってしまいたい。

 奏の為にやった事だと。

 ナンパはその過程で立花が一人で勝手にやった事だと。


 誰にも話すなと依頼人、佐渡晃から言われている以上、俺が奏にできる言い訳の言葉はない。


「いや、なんでもない。でもこれだけは言える。あれは立花が一人でやった事だ。俺はナンパなんてしたくなかったし、今後一生する事はない」


 なぜ俺は、奏に必死に言い訳をしているのか自分でもよくわからなかった。

 でも、いつもより饒舌に舌は回った。


「んー?なんかあやしいなー」


 怪訝な目で奏が俺を見ている。

 空気に耐えられず何か言わなければと、必死に考えていると、空気を読まない男日本代表立花が、体を震わせながらこの時ばかりは空気を読んだように颯爽と現れた。


「奏ちゃん、翔、寒いからもう帰ろうぜ。俺もう限界……」


 全身びしょ濡れだ。この時期の海水はさぞ体を芯まで冷やす事だろう。


「そうだな、帰るか」


 立花の肩に手を回して浜辺から逃げ去る為に奏に背を向けた。立花に接している体の面がじわじわと濡れていくけど気にしない。



「ちょっと翔君!?まだ話しは終わってないんだけど?」


 聞こえないふりをして、そのまま水族館前まで歩いた。

 納得がいかないながら、諦めてくれたようで奏も頬を膨らませ付いてくる。


「もう時間も遅いし駅まで送るよ」


 奏はむくれっ面のまま、ただ首肯をして返事をした。

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