奏とランタンと手持ち花火3

 奏汐音は本当に自分勝手だ。


 何かを隠蔽する為の時間を作る為に、無理やり散歩に連れ出されたかと思えば、今度は事務所に戻ろうと跳ねるような足取りで俺の数歩先を歩いている。


 まったく、意味がわからない。

 それを許してしまっている大和さんの考えも、よくわからなくなってきた。


「いったい、何を隠そうとしていたんだ?事が大きくなる前にやめてくれないか?」



「んー?それは事務所に戻ればわかるよー。やめる?翔君はいったい私が何をしたと思ってるの?」


 俺の不安とは対称的に奏は上機嫌な様子でイタズラに微笑みかけた。


「いやーほら、それはあれだよ大和さんと……奏が……」


「私と大和さんが?何?」


 本当に俺が何を言っているのかわからない。

 そんな様子だった。


「だからさ……わかるだろ?」


「んー何?言ってくれなきゃわからないよー」


 プクーとハリセンボンのように頬を膨らませて可愛らしく抗議をして来たが、その手は俺には効かない。


「っと、到着」


 前を行く奏が歩みを止めた。気づけば事務所の前までやってきていたのだ。


「はい、どうぞ。扉を開けて!!」


 奏は、俺に前を譲ると引戸を開くように促してきた。何が俺を待っているのか、嫌な予感しかしない。


 躊躇う俺の背中を奏が急かすように軽くポンと押した。

「早く」


 ここから今逃げ出したとして、俺の帰る場所はここ以外、他にはない。

 だから、一度深く深呼吸をして、心を決めてから扉を開いた________


 ドアが開かれるとほぼ同時にパンパンと二つの炸裂音が鳴り響いた。

 そして________





「「翔!16歳の誕生日おめでとう!!」」


 クラッカーを引き追えたままの格好で、大和さんと立花がこちらを見据えていた。


「え?」


 全く想定していなかった事が起こると、人間はただ立ち尽くす物なんだなと、この時初めて知った。俺は完全に動きを止めていた。



「翔君、誕生日おめでとう!!私と同い年だね。さあさあ、入って入って!!」


 奏は、俺の背中をグイグイと押して事務所に押し込む。


「はい、ここに座って」


 といつもの俺の席に座るように促した。

 促されるまま席に付くと、奏はキッチンの方へ気持ち早足で向かっていった。


 ついさっきまで何もなかったはずの事務所の壁には『翔君!16歳の誕生日おめでとう!』と書かれたつぎはぎの横断幕が掲げられている。


「用意するの大変だったんだぞー、なんか一言あってもいいんじゃないのー?」


 俺の正面に腰を下ろした立花が腕組みをしながら言ってきた。


「いや、別に俺は頼んでないし」


「おいおーい。そーいう言い方は無いんじゃないのー。翔はツンデレだなー」


「はっ?誰が?」


「ハイハイ、今日は喧嘩しないでねっ。でもね翔君、その言い方は感心しないかなー」


 奏が何かを抱えて俺と立花の間に割り込んできた。

 そして、その抱えてきた物体を俺と立花の間に置いた。


「大和さん、電気消して貰ってもいいですか?」


「ガッテン、承知」


 奏の合図で照明が落ちると、運んできた物に突き刺されていた蝋燭ろうそくの一本一本に火を灯していく。総勢16本。


「はい、じゃあ一気に吹き消して!!」



 目線を少し上にあげると、みんな期待を込めた表情で俺を見ている。

 仕方なしに深く深く息を吸い込むと、蝋燭に向けて息を吹きかけた──────

 



「どう、ケーキ美味しかった?」


「スゲー美味しかったよ!奏ちゃん!」


「ありがとう。でもね、立花君じゃなくて、主役てある翔君に聞いてるの。で、どうだった?」


 奏にしては珍しく棘のある言い方だったように思えた。

 立花も察したようで一言だけ「ゴメン」と呟き顔を俯けた。


 そうされると答えざるを得ない。


「美味しかったよ。ごちそうさま」


「ふー、それなら良かった。実はね、私の手作りケーキなの!!初めて作ったからうまく出来てるか不安だったんだー」


 安堵したように両手を胸に手を当てて、ニコニコと嬉しそうな様子だ。


 ふと四時間くらい前の事を思い出していた。

 夕方に俺が出かける時、キッチンで奏は何かをしていたな。


 あれは俺の為にケーキを作ってくれていたのか……

 完全に疑いが晴れたわけではないのだけど、奏と大和さんの関係を疑っていた事が少し後ろめたく思えた。


「へー、初めてだったんだー。売り物と大差ないから全然気がつかなかったよ」


 と絶対に知っているであろう大和さんが舌を出しながらそんな事を言ってみせた。

 俺のフォローをしてくれたのだろう。


「それなら、良かったです」


 奏は柔らかな笑みを大和さんに向けたかと思えば、すぐに俺の方に向き直るとこう告げた。


「それじゃあ、花火しよっか?」


「なんでそうなるんだよ」


「もう少しで夏休みも終わっちゃうのに、夏らしい事、何一つできてないじゃない?」


「俺は部屋で冷房ガンガンにかけてるだけで夏を感じているが?」


 いつからそこに隠していたのか、コンビニなんかで売っているお徳用花火パックを背後から取り出す。


「そういう屁理屈はいいから、じゃあ行きましょうっ!立花君も」


 と奏は無理やり俺と立花を連れ出した。

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