真夏の祭典とコスプレイヤー7
「立花、もういいから帰れよ。荷物をよこせ、さっきバイト代は渡しただろ」
「いーよ、いーよ、俺も暇だしよー。荷物重いだろー?それに佐渡先輩に媚売っておけば女の子紹介して貰えるかもしれないしなー」
「はあー」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべ、最後の方は小声になりながらそんな事を言い出しやがった。
きっと最後のが本音だろう。
本人は周りに聞き取られていないつもりで言っているのだろうが、完全に聞き取れてしまうのはアホ特有の
しかしだ、よくよく考えればこれでいいのかもしれない。
もし、このまま俺が一人で佐渡晃と会ったとして、佐渡晃にヲタク趣味があると言う噂が学校中に広まってしまったとしたら、100%俺のせいになる。立花がうっかり口を滑らせる可能性ばかなり高いと思うしな。
このまま会えば、立花に佐渡晃の趣味嗜好を話してしまった事を
明日以降の事を考えればこれが最善策のような気がしてきた。
まあ、どちらにせよ俺は依頼人の嗜好を他人に言いふらすつもりはないのだから、噂が広まれば立花のせいなのだ。それを佐渡晃が理解してくれるかどうかはまた別の話だが。
待ち合わせに指定されたのは、東浜横の遊歩道にある片瀬東浜公衆便所の前、と言う事になっている。
時間は七時半過ぎと、完全に日も落ちて街灯も少ないこの辺りはかなり暗い。
しかし、それが逆にロマンチックっと階段に座って海を眺める人々が複数見受けられた。リア充の考えることは良くわからない。
佐渡晃との待ち合わせの時間は少し過ぎている。
アニメの絵柄が描かれた紙袋を持ってその集団に混ざるのは気が引けたのだけど、立花はそうでもないようで海を眺めていた女の子二人組の横に腰をおろすと手招きをしてきた。
「こっちに来いよー。翔ー」
首を横に振って自分の意思を伝えた。
だけど「そんな事言うなってー」と無理やり手を引かれて結局女の子二人組の横に座らされる事になった。
「お姉さん達なにしてんの?俺は立花、こっちは翔、こいつなかなか可愛い顔してるでしょ?」
ナンパかよ……まあ、どうせシカトされるのが落ちだ。
少し趣味は悪いが、立花のがっかりした顔を拝ませて貰うとしよう。
これから佐渡晃にきっと怒られる。
だからこれくらい許されるよな……?
しかし予想に反して女の子の片方が、返答を返してくれた。
「海見てんの。たしかに可愛い顔してるね。君達いくつ?」
「夜の海。いいよねーわかるよー。俺達はー、今年で16の歳。お姉さん達は?」
ふふふと女の子二人が顔を見合わせた。
「女性に歳を聞くなんて失礼だね。教えてあげない」
怒っている感じはしない。
俺達をからかっているつもりなのだろうが、立花は慌てていた。
「えっ、あっごめんって、お姉さん怒んないでよーちょちょ、もうちょい、もうちょっと話そうやー」
童貞ならではの慌て方だった。
がっつき方が必死過ぎて女の子二人組の表情は引きっっていた。ごめんなさいね。うちの童貞が。まあ俺も童貞なんだけど。
「いや……別に怒ってないけど。……冷えてきたし、さおり、もう行こっか」
さおりと呼ばれた女の子も問い掛けに同調を示すとそそくさと立ち去ってしまった。
「ねえ、ちょっと待ってよーお姉さーん!」
見ようと思って見た立花のがっかり顔であったけど、少し可哀想に思えたてきた。
立花のあまりの残念さに。
「まあ、いつかうまく行くさ」
元気だせよと立花の肩を軽く叩いてやる。
「悪かったね。杉浦君部活終わってからみんな中々解放してくんなくて遅くなってしまったよ」
振り返ると、いつの間にかジャージ姿の佐渡晃が立っていた。
「別に構いませんよ。これが、約束の品です。全部は買えなかったんですけど……おい立花」
俺に呼ばれて立花も振り返る。
「佐渡先輩ちーっす」
「うん……?なぜ杉浦君以外も居るんだ?」
佐渡晃は眉を潜めた。
そりゃ無理もない絶対に他言無用と言う事だったのに、もう一人いるわけだからな。
「先輩すいません。一人じゃ買い物回りきれそうもなかったんで……でも安心してくださいこいつ口だけは固いんで」
嘘だった。立花は超絶に口が軽い。軽いと言うか無意識にポロポロと話してしまうのだ。決して悪気はない。悪気がない分たちが悪いのだが。
「うーん。まあ、そうだな……俺の頼んだ量も多かったし……仕方ない……のか?」
口元を右手で
「佐渡先輩ーこれ買って来たっすー!!」
立花は死守していた俺の持っている紙袋より少し立派な紙袋を付き出した。
「シーッ!!君はちょっと声が大きい!!」
佐渡晃は、辺りを警戒しつつ紙袋を受けとると戦利品を確認すべく袋を開いた。
「あー、こっちは企業系ね。よしよし、リョコにゃんの1/7スケールフィギアは買えたんだ。うんうん。タペストリーは買えなかったかー」
なにやら落胆しているようだけど、俺も紙袋を手渡すと流れるように街灯の近くに移動する。
薄い本の精査も始めた。
「ふんふん限定本は何冊か逃してるけど、まあ悪くはない……しまちゅーの新刊はあるね。まあ、よしかな?ありがとう。ご苦労様でした」
言って背中に背負っていたエナメルバックに手を伸ばすと、チャックを開き封筒を取り出し、俺に差し出した。
「はい今回の報酬。買い物で余ったお金も君達で分けていいよ。じゃあ、俺は誰にも見られないうちに帰りたいから」
その為にスカスカにしていたのだろう。
中身の入っていないエナメルバックの口を開き、大切そうに戦利品をしまいこむと自転車にまたがり、
「杉浦君また頼むよ。立花君だっけ?君は絶対に俺の趣味を言いふらさない事!!約束破ったらわかってるね……?」
と笑顔で怖いことを言い逃げする形で腰越橋の方へそそくさと消えていった。
俺達は佐渡晃が見えなくなるまで頭を下げて見送った。
しばらくして先に声を発したのは立花だ。
「なあ翔?」
「なんだ?」
「佐渡先輩の言ってる事わかったか?」
おそらくフィギアがどうとか、本がどうとかの話だろう。そんなの決まっている。
「全く理解できなかったな」
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