真夏の祭典とコスプレイヤー6

「ほら、少しは落ち着いたか?」


 リョコにゃんに買ってきた水を手渡し、彼女の座るベンチの横に俺も腰をおろした。


 ここは先程の場所から見れば公園の反対側、直線距離で百メートルは離れている場所だ。


 それに加え、何人居るのか把握するのが難しい位の人混みだ。あのおじさんにはそう簡単に見つかる事はないだろう。


「すいませんでした……ご迷惑をお掛けしてしまい……」

 リョコにゃんは、こちらには目もくれず、ボソリと口元で囁くように言った。



「まあ、仕方ないだろ。気にするな。回りはみんな見て見ぬふりだったし。……ああいう事よくあるのか?」



「いえ、……実は今回が初めての参加だったんです」


「ふーん」


 あえて興味が無いように、空返事をしながら自分用に買った水を一気に流し込んだ。


 外は暑い、キンキンに冷えた水が体を芯から冷やしてくれる。ありがてえ。

 まあ、すぐに蒸し暑さがぶりかえすんだけど。


「リョコにゃんだっけ?水飲めよ。ぬるくならないうちにさ」


「あっ、はい。いただきます」


 そう言うとリョコにゃんは、小さい口唇で俺が苦いコーヒーを飲む時のように、ちびちびと二回か三回喉を潤した。

「あと……できればリョコにゃんはやめてください……」


 リョコにゃんと言う呼び名が気に入らないようで、俺の渡した水を太ももで挟み込んで、その水をじっと見つめている。


「わかった。じゃあお姉さんって呼ぶ」


 リョコにゃんはかなり大人びて見えた。大学生、下手したら社会人だと言われても驚かないくらいには。


「あなたは、何歳なの?」


「俺は誕生日を迎えれば16だ。お姉さんは?」


 リョコにゃんは整った顔をこちらに向けて微笑んだ。初めて目にするリョコにゃんの笑顔。


 奏にいつもやられているから、慣れていて良かった。

 俺みたいに免疫がなく、なおかつそこら辺モブの男子高校生だったならコロッと逝ってしまいそうな笑顔だ。


 奏とリョコにゃんに違いがあるとすれば、奏は可愛い系でリョコにゃんはキレイ系ってところか


「私より一つ下なんですね。私は17歳です」


「マジか。ぜんぜん見えないな。成人してるのかと思った」


 それを聞くとリョコにゃんはムーっとほっぺたを膨らませて


「そういうのは若く見えるって言うもんですよ」といじけたふりをしてみせた。


 これにはちょっとドキッとしてしまった。

 これがギャップ萌えというやつなのだろうか?

 いや、いかんいかん。


「……それにしてもだ、今日はもう帰ったほうが良いんじゃないのか?同じ公園内だし、また見つかってもおかしくない?」


 冷静を装って無理やりに話を変えた。

 なんか変な方向に話が進みそうだったから。

 俺の提案を受けて、リョコにゃんの顔から笑顔が消えた。


「やっぱりそうですよね……」


 辺りを警戒をするように、せわしなく視線を巡らせている。


 俺もつられて見渡していると、ケツポケットに入れていたスマホがブルブルと振動をした。


「ちょっと悪い」


 リョコにゃんに断ってから取り出して確認をすると立花からだった。

 文面は一言「どこよ?」察するにやつも公園内にはいるようだ。


「公園の西側のベンチ」とだけ送る。

 するとすぐに既読が付いて「OKー」と返ってきた。

 それを確認してからスマホをスリープさせてケツポケットにしまい直し、リョコにゃんに向き直る。


「じゃあ、俺そろそろ行くからお姉さんも気をつけて帰ってね」


 短く別れの挨拶を告げて立ち上がろうとすると、Tシャツの裾に引っ掛かりのような物を感じる。


 ベンチの溝にでも引っ掛かったのかと目をやると、リョコにゃんがちょこんと左手でTシャツの裾を詰まんでいた。


「まだなにか?」



「あ……あの……」


 リョコにゃんはこちらを見ず、俯いている為、何を言いたいのか表情から感じとる事はできない。



「どうかした?」





「……あの……更衣室の近くまででいいので、ついてきてくれませんか?」





「いいっすよー!!」


 どうしたものかと俺が答えを保留していると、俺達の背後からやってきた立花が元気よくそう答えていた。


「じゃあー行きますか!!」


 状況も飲み込めてないはずなのに、立花は俺達の前に出ると率先して歩きだした。


「お友達ですか……?」


 リョコにゃんが不安そうに俺の顔を見上げる。


「いや、顔見知りです」


 俺の答えを受けて、リョコにゃんは良くわからないと言う顔をしているのだけど、立花はこちらに振り返ると俺達を急かした。


「翔!!お姉さん!!早くいこーぜっ」


「はあ、じゃあ、行きますか」


 リョコにゃんも頷いて俺と並び、立花に続いた。

 そして、俺は自信満々の立花を見て少し不安になった。こいつはかなり方向音痴だ。


「更衣室ってこっちであってるの?」


 申し訳なさそうにリョコにゃんは口元だけで囁いた。


「いえ正反対側です……」



 ───────────────────────



 結局、リョコにゃんをりんかい線の駅まで送り届ける事になった。

 

「本当にありがとうございました。あの……もし良かったらLINE交換しませんか?」


 別れ際リョコにゃんにこんな事を言われた。

 俺は当然断った。人付き合いはめんどくさいから。


 少し残念そうな表情を浮かべていたけど、最後は納得してくれたようで

「縁があればまた会えますよね」と笑顔で改札口をくぐっていった。


 でも、そんなに世の中は狭くない。

 もう会う事もないだろう。一期一会、それも悪くないじゃない。


 立花には「もったいない!」とか「だったら俺に紹介しろよ」とか「人でなし!!」とか散々言われたけれど、俺は気にしない。


「さあ俺達も帰ろう」


 俺達の帰りの路線はユリカモメ。


 歩いてそう遠くはないのだけれど、早くしないと込み合いそうな時間が差し迫っている。そろそろヲタクの夏の祭典も閉幕を告げる時間なのだ。


 立花の返事を聞かないまま先に俺は歩きだした。


 名残惜しそうにリョコにゃんを見送っていた立花が十メートルほど遅れて、バタバタと足音を立てて追いかけて来ている。

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