第16話「ソウタとの話」

「お前も、思春期だもんな!変な妄想したり、周りが敵に見えたりもするよな!」


 ソウタは僕の体を抱きしめながら、この至近距離で話すにはうるさすぎるほどの大きな声を出す。ソウタの体は僕と比べものにならないほど大きく、硬かった。


「いや、ま、まあ。妄想したりもするけど……」


 なんか変な勘違いをされているような気がしたが、ひとまず会話を流した。するとソウタはようやく僕の体を開放してくれて、目の前に座り込んだ。


「お前、あんまり喋ったことなかったけど面白いやつだな!俺も良くいろんな妄想するんだよ。死んでしまったクラスメイトの魔法少女を救うために、なんどもタイムループするストーリーの妄想とかさ」


 ソウタはそう言うと、びっくりするほど流暢に日ごろ妄想していたという物語を語り始めた。僕はその物語に少し引っかかるところがあった。


「その話は妄想なの……?本当に死んでしまったクラスメイトはいないの?」


「あ、うん。全部俺が考えたフェイク。まあこの魔法学校って平和だから、それくらい刺激的なことが起きてもいいんじゃないかなってさ!」


「そっか……」


 僕は、もしかしたらソウタにも僕と同じような何かしらの事情があったりするんじゃないかと疑ったが、決してそういう訳ではなさそうだった。僕だけが知っているあの日のレンの事件も、誰かが考えたただのフェイクだったらよかったのに、と思った。


「……ミクジ、お前好きな子いたりすんのかよ?」


 ソウタは突然話の方向性を変えてきた。レンにも以前聞かれた質問だったな、となんだか懐かしい気持ちになる。それと同時に、あの時の会話が無ければ、レンが死んでしまうこともなかったのかもしれない、と罪悪感にも襲われる。恋バナがトラウマになってしまったようだった。僕は質問に対してどう答えるのが正解なのだろうか、と慎重になる。


「いや、特に好きな人は居ないけど……ソウタ君はどうなの?」


 色んな会話の選択肢を考えてはみたが、僕は正直に今の気持ちを曝け出すことにした。ツグミさんに好きになってもらいたい、という気持ちはあるが、あくまで自分自身が彼女のことを好きという訳ではない、と思っている。僕は色々と深く聞かれる前に話をソウタに振った。


「え、いや、俺は……」


 さっきまで威勢の良かったソウタの声が小さくなっていく。二人きりの部屋で、沈黙が流れる。ソウタの顔は赤く照っていた。なんか、気まずい。


「俺は、ツグミさんが好きなんだ……」


 ソウタがボソッと呟く。僕の耳はその言葉を、名前を聞き逃さなかった。


「ツグミさん⁈」


 僕は大きな声で叫んでしまった。予想外な名前が出てきた驚きで、心臓があばら骨を砕いて飛び出るかと思った。心配になって胸に手を当ててみるが、当然僕の体は無事で心臓がいつもより速く鼓動しているくらいだった。冷静に考えればクラスメイトの男子がツグミさんのことを好きと言うのは、川が高いところから低いところへと流れていくのと同じくらい自然なことなのだ。猿も木から落ちると言うくらい当たり前なことなのだ。だが、その時の僕はその自然の摂理を忘れかけていた。


「馬鹿ッ、でけえ声出すな!この部屋は壁が薄いからすぐ隣に聞こえるんだよ!!」


 確かに、と思った僕は少し冷静になる。また壁ドンをされて、さらに隣の人が乱入してくるみたいな展開になると話がややこしくなる。


「……ツグミさんを好きになるのは、辞めておいた方がいい、と思うな……」


 僕はすこし躊躇しながらも、ソウタにそう助言した。それは僕の本心からの助言だった。


「はぁ?お前はどういう立場なんだ?ツグミさんの何を知っているんだよ」


 ソウタは不機嫌そうにそう言った。僕がツグミさんの何を知っているのか、と聞かれると困ってしまう。僕はツグミさんがレンを殺した瞬間を見た、ただそれだけだが、それをそのまま伝えても、それこそ僕の妄想オリジナルストーリーだと思われるだけだろう。


「うーん……どう説明したらいいんだろう……」


 ソウタがもしツグミさんに告白でもしたら、また僕の周りで人が死んでしまうことになる。今までソウタとは仲が良かったわけではないが、このまま人が死んでいくのを見殺しにするわけにはできない。僕はソウタがツグミさんを嫌いになるような上手い理由をこじつけようと考えていた。近くで見ると眉毛が意外と太くてあんまり可愛くないとか、実は足がちょっと臭いとか……。いや、ツグミさんなら眉毛が多少太くても美形には変わりないし、もし本当に足がちょっと臭かったとしても、それはそれで人によってはご褒美かもしれない。


「……お前、ツグミさんのことが好きなんだろ」


 考え事をしている僕に対して、ソウタがははーんという顔で口角を上げながら指摘した。


「いやいや、まさか!そんなんじゃないよ!」


 僕は慌てて否定した。ツグミさんのことはぜんっぜん好きじゃないし、好きになってはいけない、と心に固く決めている。近くで見ると眉毛が意外と太くてあんまり可愛くないかもしれないし、足だって臭いかもしれない。だが、そんな風にツグミさんのことを考えれば考えるほど不思議と僕の体は熱くなり、みるみるうちに顔が赤くなっていく。


――ブルブルブル


 突然、僕の持っていたスマートフォンがポケットの中で振動しだす。なぜか無意識に僕は焦って手でポケットを強く押さえてスマートフォンの振動を止めようとするが、当然それで止まるはずがない。普段、僕に連絡が来ることなんてほとんどないのに、誰が何の用件だろうか。なんだか嫌な予感がした。


「なんか、連絡来てるぞ」


 ソウタは何かを疑うような顔で僕にそう言うと、慣れた手つきで僕のポケットからスマートフォンを取り上げ、画面を触りだす。ちょっと!と僕が言いながら手を伸ばすと、ソウタはその手を巧みに掴み取り、指紋認証を解除させた。


「し、指紋認証、勝手に解除するのって犯罪だからな!現行犯逮捕だよ!!」


 ごめんごめん、手が滑って、とソウタは落ち着いて言いながら、僕のスマートフォンをまるで自分のものかのように使いこなす。僕は何度もスマートフォンを取り返そうとしたが、血を吸いに来た蚊を手でサッと払うかのように軽くあしらわれた。


「メッセージが一件、届いていますな」


 僕は慌てながらも、内心ではソウタからスマートフォンを取り返すのは半ば諦めてしまっていた。僕がソウタの運動能力や筋力に敵うわけがない。メッセージは誰からだろう、と考えたが僕には全く心当たりが無かった。この前行ったラーメン屋のクーポンか何かのメッセージだろうか。そうであればいいが、きっとそうじゃない気がした。


「ミクジ君、今日は一緒に練習してくれてありがとう!楽しかったよ!……良ければ、今度は二人きりで会いたいな……⁈」


 ソウタが勝手にメッセージの内容を読み上げる。最初は無邪気に女の子風の声マネをしながら読んでいたのに、途中から怒りが込み上げてきたのか、野太い男の声へと声色が変わっていった。


「これ、ツグミさんからのメッセージじゃねえか!!」


 ソウタはライオンが雄たけびをするように叫んだ。僕は、威嚇をするかのようなその声に驚き腰を抜かしそうになる。(まさか、本当に?ツグミさんから僕に連絡が来ることがあるのか?)と僕は疑問に思いながらも、この部屋壁薄いんだから静かに、とソウタの怒りをなだめた。


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