第15話「メッセージ」
寮に帰ると、僕はすぐに自分の一人部屋に戻った。ツグミさんとミリンの連絡先を手に入れて浮かれたまま、小さなシングルベットに飛び込んだ。そして、足をバタバタさせながら、枕に顔を埋めてよっしゃあ!!と叫んだ。浮かれた僕の叫び声は自分で思っていたより大きく、枕に吸収されなかった音が部屋中に響いた。
――ドンドンドンッ!
突然、隣の部屋から壁ドンをされて、僕の体は瞬間冷凍されたバナナのように変な体勢のまま固まった。しまった、調子に乗り過ぎた。隣人が変な奴でないことを祈り、僕はただ一人の部屋で時計の針がチクタクと動いていくのを待った。
――ドンドンドンドンドン!! 僕は反省して静かにしているはずなのに、なぜか壁ドンが止まらない。むしろ壁ドンの数は増えて、音も大きくなっている。隣人はよっぽど怒っているのだろうか?出来るだけ問題を荒げず穏便に済ませたいがどうすればいいのだろうか……。
もし、この寮で悪い噂でも流れてしまったら、すぐに学校全体にまで悪い噂が広まってしまうだろう。そうなると、ツグミさんやミリンにも僕はヤバいやつだと思われて嫌われてしまうかもしれない。僕はノリと勢いで寮内で騒音を立ててしまったことを後悔した。だが、直接隣人の部屋に謝りに行く勇気もない僕は、冷凍されたバナナのような姿のままで動けなくなっていた。
――バタンッ
突然、自分の部屋のドアが開く。しまった、ドアのカギを閉めておくのを忘れてしまっていた、と後悔しても遅かった。女子二人の連絡先をゲットして浮かれ過ぎていた僕を今更責めても仕方がない。
「……お前なぁ!!バタバタドンドンうるせえんだよ!!何回も壁ドンしてるんだから謝りに来いよ!!」
ひぃ、殺される……!野太い大男のような声が狭い部屋に響きわたった。僕は隣人ガチャで最悪のハズレを引いてしまったんだと確信した。日ごろの行いがよっぽど悪かったのだろう。僕は、隣人に殴り蹴られ踏みつけられ服を脱がされ窓から投げ出されることまで覚悟した。
「ご、ごめんなさい!!わざとじゃないです!!」
僕はベッドの裏側にある世界に逃げ込むかのように、顔を枕に埋めながら謝罪の台詞を叫んだ。そんな僕の姿は、ひどく滑稽に見えただろう。僕の暮らしているこの狭い部屋には、逃げる場所なんてどこにもなかった。
「……お前、ミクジか?」
大男(であると僕が勝手に思い込んでいた)は、枕の中の世界に逃げ込もうとしている僕に向かってボソッとそういった。僕はハッと顔を上げて、大男の方を見ると、そこにいたのはクラスメイトのソウタだった。僕とソウタは同じクラスだが、普段過ごしているメンバーが微妙に違い、まともに喋ったことはなかった。
「……あ、ソウタ……君」
ソウタはボディービルダーのようながっちりとした体格をしており、とてもじゃないが同い年の魔法使いとは思えなかった。魔法使いを目指すより、プロレスやボクシングでプロを目指したほうが稼げそうな見た目と筋肉をしている。
「あ?お前、何してたんだ?正直に言え!!」
大男の正体がクラスメイトのソウタだと分かった後も、その迫力は凄まじく僕は恐怖で怯えていた。正直に言えと言われても、決して仲良くもないこの男に僕はどこまでの話をするべきなのだろうか。
「ただ、ベットで一人ではしゃいじゃってただけだよ……。思春期だし、男子ならそういうこともあるでしょ……?」
僕はベットの上に座り直し、ボソボソと弁明をした。頭のおかしいやつだと思われるかもしれないが、もうそれは仕方がない。
「……」
ソウタがドン引きをしている、ということが表情からすぐに分かった。ただ、今回はこれで正解なはずだ。これ以上なにか詮索されることは無いだろう。
「……ミクジ、俺はお前のことも事情も詳しく知らねえが、最近なんか様子がおかしいんじゃないか?」
ソウタは口を開くと、心配そうな顔でそう言った。確かに、レンが居なくなってからの僕の様子は無関係なクラスメイト達にも分かるくらいおかしかったのかもしれない。
『レンは、レンはまだ来ていないの?誰が机を勝手に持って行ったの?』
クラスでレンの話をしたとき、みんなは馬鹿にしたように僕の方を見て笑っていた。みんなにとって僕はおかしいやつに見えたのだろう。ただ、僕にとってはクラスメイトのみんながおかしな奴にしか思えなかった。
「僕にとっては、みんなの方がおかしな奴に思えるよ……」
僕は感情を抑えながらそう言った。ソウタは、体の下で拳を強く握りながら、僕の方に向かってゆっくりと歩いてきた。
(殴られる……!)
全身にぎゅっと力を入れる。この部屋の中に、逃げる場所は無い。ソウタは僕の目の前で立ち止まると、その鍛えられた筋肉で、僕の体を優しく包み込み抱き寄せながら、僕の頭を撫でた。理解ができない状況に、僕はよく分からない感情になる。
「ミクジぃぃ~!!気づいてあげられなくてゴメンなぁ!!俺はお前の仲間だ!!」
ソウタはここが寮だということを忘れたのかと思うくらいに、大きな声で泣きながら僕の体を抱きしめた。意外な展開と予想以上のソウタの筋力に僕は身動きを取れずにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます