05



【最近、やることが増えたので大変です】


 この一文を、手紙の中に捩じ込んだ。

 それを読み過ごさないでくれるだろう事は信じていたけれど、本当に使える執事と侍女に扮したアンネマリー伯母様を送ってくれたのだから有難い。


 私はライド伯父様たちが使える人材を送ってくれると推測して、「最近忙しいから手伝いがほしい」と人を雇う準備をしていた。

 案の定、母たちは「自分たちが決める事だ」と部屋に乗り込んで来たけれど、実際その判断は私にしか許されていない。


(お祖父様に感謝だわ)


 ライド伯父様に手紙を送った後、私は部屋の中を隅々まで探した。

 父の日記が棚板の裏から見つかったのだ。他にも何か隠されているのではないかと思い至り、私室から浴室も含めて汲まなく探した。

 そしてトイレの天井裏から、祖父が跡継ぎを父にすること、伯爵家の全権限を父のみにする事、また代替わりは父の血を受け継ぐ者のみで、それ以外は断固として認めない旨が記載され、王家の印まで押された契約書と承認書が出てきた。


 祖父はこうなる事を予想していたのだろう。そして、父の身に起こるであろう悲劇も。だから少しでも母の狙いを阻止するために、わざわざこうしてトイレの天井裏に隠したのだ。

 でも流石に、大切な書類をトイレに隠すとは思わなかった。私も最後の望みで探して見付けたのだから、作業の荒い彼らには見付けられないはずだ。場所は悩みどころだけれど、よく考えてくれたと思う。


 父の血を継いでいるのは私だけ。そしてその血の繋がりの証明は、父自身が残してくれていた。だから国王だって私を伯爵家の当主として扱うしかなかったのだ。母たちが文句を言おうと知ったこっちゃない。


 そうして私は、伯父様が送り込んでくれた伯母様含む従者たちを招き入れ、私が虐待されていた証拠を集めてもらうのと同時に、私が調べた、使用人と母たちの繋がりの事実確認を取ってもらった。

 私が出来るのは部屋から出ずに行える事だけ。だから地下牢の中に残っているであろう、私の髪や血液、そして逆に私の痕跡が全くない邸の状態を確認してもらい、使用人の裏取りなどもしてもらった。

 母や彼女の手の者に酷い事をされないか心配だったけれど、流石ライド伯父様。皆強者で、のらりくらりとやり過ごして無事だった。


 諸々の結果は、アンネマリー伯母様からライド伯父様へと渡り、そこからプロスペレのプリーズィング家と王妃陛下に報告された。


 私の現状を報せるのは、予定では王妃陛下までだった。方々に知られて情報が漏れれば、暴力しか出来ないあの人たちも、頭をこねくり回して何かしら対処してくることは目に見えていたから。

 けれど、激昂した王妃陛下は王太子殿下と、父の友人であるブライト公爵へと直ぐに伝え、「直ちに王の裏を丸裸にして牢に放り込め!!」と命じたらしい。

 そんな超強力な伝染病みたいな広がり方と、王妃陛下の怒りを知ったのはつい先程。全貌を聞いた私は戦慄いた。色々と恐ろしすぎる。


 迅速な対応をして下さった王妃陛下とライド伯父様は、学生の頃の同級生であり、また仲も良かったのだという。王命での強制帰還に王妃陛下が口を出して下さったのは、そういう繋がりがあったからだ。


 王妃陛下とライド伯父様の繋がりを伯父様本人から聞いたのは、私がサフィシェントに戻る頃よりずっと前だった。忘れていてもおかしくない記憶だったけれど、それでも、正気に戻った私はしっかり思い出した。


思い出せて良かった。でなければ、私は今も監禁されたままだったから。


 王妃陛下は絹織物を好み、購入する時は高確率でライド伯父様から購入する。王妃陛下が呼びつける事もあれば、伯父様自ら献上品として納めるために足を運ぶ事もある。要は会える機会が非常に多い。

 おまけに、プロスペレ国と王妃陛下の出であるモーヴ国は友好国。その友好国の者が不遇を受けていると知れば、王妃陛下には何もしないという選択肢はなかった。


 アンネマリー伯母様経由で受け取った報告書を土産に、ライド伯父様は王妃陛下に会いに行った。


 もうわかるだろう。彼女は激怒した。


 王妃陛下は国王から「大丈夫だ。問題なく過ごしている」と聞かされていた。

 それだけだと、王妃陛下自ら調べなかったのか、と受け取られてしまうが、しなかったのではなく、出来なかったのだ。

 それも当然。国王自ら動くと云われていたにも関わらず手を出せば、それは王の尊厳を踏みにじる事に繋がるし、でしゃばっている様にも見えてしまう。だから王妃陛下は国王からの報告を聞く事しか出来なかった。

 だがどうだろう。信頼していた相手が見事に裏切った。王妃陛下じゃなくても誰だって怒る。


 国王が王妃陛下に虚偽の報告を行っていたのは、プロスペレとの関係をこれ以上悪くしたくなかったのも理由の一つだが……それ以上に、王の不倫がバレるのを避けたかったからだった。


 まだ学生だった頃、王には想い慕う令嬢がいた。ただ下位貴族だったのと、彼女には既に婚約者が居たので諦めるしかなかった。

 手に入らなかったからか、それとも青春と美化されているからなのか。王の想いは予想以上に強く、今でもその元令嬢を慕っていた。


 王妃陛下は、サフィシェントに求められて嫁いで来た。その輿入れする際の契約に、側妃も愛人も作らないという誓いがある。その為、今までは夜会等で遠目に見ているだけだったのだが……王はとうとう手を出してしまった。すれば身の破滅だと知っていたのに。


 その逢い引きを手伝っていた……否、誘惑して弱みとしたのが、母だ。


 母は国王の想い人を知っていた。そして元令嬢の、幸せとは程遠い今の生活も。

 そこで母は、国王と相手の相瀬を手伝う代わりに、カース家で起こる全ての事に手出ししないこと、要望には必ず応えること等を対価として、この取引を行った。

 国王は己の欲のために、王妃陛下を裏切り私を餌にしたのだ。


 激怒した王妃陛下は、ホーネスト殿下とブライト公爵を呼び、まず王の不貞を調べるよう命じた。そして同時に、王妃陛下は私の虐待について自ら動き始めた。もう王には任せられないと、切り捨てたのだろう。

“唯一”を司る女神を信仰する国の出である王妃陛下からすれば、輿入れ時の契約を反故にした夫である国王は信用に値しない。それに加えもう後がないというのに、プロスペレが怒り狂う事を続けているのだ。どの道動かねばならない状況だった。


 そしてライド伯父様と相談しつつ、今日この日を迎えたわけだ。

 急に王家の騎士が乗り込んで来た時には驚いたけれど、アンネマリー伯母様が平常心だったので、何とかパニックにならずに済んだ。出来れば先に教えて欲しかったけど。


 今頃王宮では、王妃陛下とブライト公爵率いる騎士団が王を囲んでいる頃だろう。本当に、欲を優先した末路は碌なものじゃない。


 でも、終わった。

 言いたい事、やり返してやりたい思いも多々あるけれど、それでもこうして終わりを迎えた事に安堵する自分がいる。


「終わりましたよ……お父様」


 連行される母たちの後ろ姿を見つめながら、私は父の日記を抱き締めた。


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