第189話 身勝手未来人の尻拭い


 俺たちに本陣を追い出されるように撤退を開始した朝倉軍にサルの隊が追撃をかけている。俺たちはその様子を田上山の頂上から見下ろしていた。


「出遅れた」


 俺たちが朝倉本陣を攻めなかったら追撃戦はそもそも始まらなかった。いい所どりされた形だがやらないといけないことだった、仕方ない。


「俺たちも追うぞ! 2、4、5番隊はついて来い! 長利は1、3番隊と共に後ろから追ってこい」


 俺を先頭に俺の隊がサル、そして朝倉軍を追って山から駆け下りていく。その後方で丹羽長秀、佐久間信盛の砦を攻めていた部隊と滝川一益、柴田勝家らの第二陣も追撃戦に加わるため動き出したのを確認した。まだ離れているが敵に追いつくころには合流できるだろう。



「全然追いつかねえな」


 馬で走ること数時間、近江国を抜けてここはすでに朝倉の領国である越前国だ。


「どこまで追っていったんだ……このまま行くと疋田城、城攻めになるぞ。あのサル、約束を忘れてるんじゃないだろうな」

「竹中半兵衛殿がいますから、きっと大丈夫でしょう」


 秀隆の言う通り、竹中半兵衛がいる。勝手に城攻めを始めるような馬鹿な真似はしないだろう。でも今回、サルの隊にはユナがいる。あいつは今回のサルの活躍、手柄に執着しているようだった。あいつがサルを唆して城攻めに出る可能性もなくはない、気もする。


「殿、見えましたぞ!」


 疋田城の山を利用した高い城壁がかすかに見えてきた頃だった。3000の羽柴隊と2万の朝倉軍の戦場が見えた。


「あれ……追いついたっていうより待ち構えられたって感じじゃね?」


 3000と2万、戦力差がありすぎる。俺や第二陣が羽柴隊から遅れたから生じた、致命的な隙。そこを突かれた。


「すぐに羽柴隊と合流、援護する。すぐに両翼を展開、右翼は長可、左翼は氏郷。彦三郎と長利はそれぞれその援護。俺と秀隆は中央に入ってサルと竹中半兵衛と話し合って、策を立てる。各自それまで羽柴隊の後ろで指示を待て」

「「ハッ!!」」


 俺の隊が左右に広がり、羽柴隊の後ろに布陣する。俺と秀隆は羽柴隊の本陣へ。

 遠目に戦の様子を見てもかなり苦戦しているのがわかる。そりゃあそうだ、数が違いすぎる。


「サル! 半兵衛! どうしてこうなった!?」


 サルの陣に馬で突入する成り俺はそう叫んだ。だが陣の中にいたのは慌ただしく動く兵と、一人の女。サルと半兵衛の姿はない。

 その女、ユナは俺の姿を見ると救いを求めるような目で駆け寄ってきた。


「お願い、助けて!」

「落ち着け! いったい何がどうしてこうなった?」

「待ち伏せにあったの。それまでは逃げるだけで一切応戦しなかったのに……」

「それは多分お前たちが先行しすぎて孤立してたからだ。朝倉にその隙を突かれってだけの話。そもそもなんであんなに急いでたんだよ。お前らだけで突っ込んでも勝ち目はないのわかってただろ?」


 竹中半兵衛ならそういうこと全部わかってたはずだ、と付け加える俺をユナはキッと睨む。


「この戦で秀吉様は絶対に武功を立てなきゃいけないの! 言ったでしょ!?」

「ああ、聞いた。だからって何倍もの敵にお前らだけで挑んだって仕方ないだろ。全滅して終わりだ」

「あんたが来たら武功を奪われる。あたしの未来の知識と半兵衛の策略があっても武将を討ち取れる腕力が得られるわけじゃない。あんたの力は異常よ。どんな形からでも敵将を取って形勢をひっくり返すだけの力がある。そんなのの近くに居たら武功なんて立てられるわけがないでしょ!!」


 とんだ過大評価だな。そんな化け物になったつもりはない。

 要はユナたちは秀吉が俺に奪われることなく武功を立てられるようにするために先走ってこんな窮地に立たされたと。


 ……馬鹿馬鹿しい。


 自分たちの利益を優先させたら、ピンチになっちゃった、助けてー、ってか? ふざけやがって。なんでそんな奴らのために俺の隊の皆を死なせなくちゃならない?


「ふざけるな。お前の自業自得だろ! 俺がいると邪魔なんだろ? ほら、邪魔しないでやるからお前らで頑張れよ」


 そう吐き捨てるように告げ、そのまま陣を出ようとユナに背を向ける。


「待って! 秀吉様を助けてよ!」


 あえて俺から離れて戦って窮地になったらコレか。俺はユナの言葉に構わず歩き続ける。そして陣の布に手をかけたところでさらに俺の背に言葉が飛んできた。


「ここで秀吉様が死んだら織田信長は天下統一できないわ」

「……なんだと?」


 それは咄嗟に出たでまかせかもしれない。だがそうと切り捨てることは出来ない言葉。

 

「豊臣秀吉という人物は史実で農民から織田信長の家臣の中でもトップクラスにまで出世した。つまり、それだけの活躍をしたってこと。もちろんその活躍ってのは織田信長の天下統一の貢献という意味。……あたしの言いたい事、わかった?」


 サルは信長の天下統一に不可欠、そう言いたいんだろう。その可能性は否定できない。だって未来の出来事だから。歴史だなんだと言っているが今の俺たちにとっては等しく未来。なら信長が天下統一できなくなる可能性を避けるのが正解だ。

 こいつの口車に乗るのは癪だが。


「……俺が武功を立てても文句は言わないな?」

「ええ。秀吉様が死んだら武功も何もないもの」


 どっちにしろこの戦には勝たないといけない。犠牲は少ない方がいいに決まってる。俺個人がユナやサルが気に入らなくても織田軍の将として見たらここで救援をしないわけにはいかない。そう自分を納得させる。陣の外で待機していた秀隆に声をかける。


「行くぞ、秀隆。両翼に前進の指示を出せ」

「殿、策は決めなくてもよろしいのでしょうか?」

「ここにはサルも半兵衛もいない。俺達で勝手にやる。羽柴隊の兵は一旦下げて、俺達で一益殿と勝家殿が合流するまでこの敵を抑える。数さえ集まればこっちのもんだ」


 俺たちは5000、羽柴隊を合わせても8000。敵の2万には遠く及ばない。だが後ろを走っている第二陣が合流すれば数はほぼ同数、丹羽長秀・佐久間信盛が合流すれば逆転する。それまで耐えるだけならできないことはない。


「長可と氏郷、ちょっと厳しい状況だけど頑張ってくれ。信じてるぞ」


 さすがに初陣の二人には荷が重いかもしれない。でも俺はきつい修練に耐えた二人を信じる。


「二番隊と五番隊に出撃を命じる使者を。敵前線を撃破し、周辺の羽柴隊の兵をできる限り回収した後、現在の位置まで撤退。その後は一、六番隊の弓・鉄砲部隊で敵を牽制しつつ、後軍の合流を待つ」

「ハ!」


 俺と秀隆が中央に入る。ユナが慌てていたことからも想像していたが羽柴隊は相当押されているようだ。当然だ、数が違いすぎる。これだけの戦力差があったら策なんて何の意味のない。指揮系統すらうまく機能しないだろう。


 本来、こんな状況になったらすぐに全軍撤退の銅鑼を鳴らして、敵に吞まれる前あるいは敵と戦う前に逃げるのが正解なのだ。何倍もの大軍と真正面からぶつかっても勝ち目はない。桶狭間で俺たちが勝てたのは奇襲だったからで正面から戦ったら絶対に負けていた。


「殿、あそこに羽柴殿の馬印が」


 秀隆が指をさした先には金のひょうたんの馬印、あそこにサルがいる。結構奥だな。本陣から指揮ができないから前線に出て行ったのだろう。


「仕方ねえな。行くぞ! 敵前線を打ち破り、羽柴秀吉を救出する!」


 俺の手勢と四番隊が戦場に突入した。二番隊と五番隊も動き出したようだ。

 

 先走ったユナとサルに関しては正直結構怒ってる。でも信長の天下のため、こんな所で負けるわけにはいかない。サルも救出する。

 

「ついでに手柄も総取りだ」


 そう呟くと同時に俺は朝倉兵を一人、斬り捨てた。さらにリボルバーで離れたところにいる敵の部隊長っぽい馬に乗った武将を銃撃する。俺に注目が集まる。


「朝倉の皆々様、初めまして。俺が伊賀の上忍にして織田家最強、坂井大助だ」


 朝倉兵の俺を見る目が変わる。こいつを討てば大手柄だとでも考えてるんだろう。もちろん大手柄だよ、討てればね。


 もう一発、リボルバーを撃つ。狙ったのは敵じゃなく、金ぴかのひょうたんがついている棒、秀吉の馬印。これであれを目印にサルに殺到していた敵兵は多少減るだろう。

 ……敵兵だらけの所で馬印なんて立てたら将の位置がバレて敵が集まるに決まってるじゃん。あいつ、やっぱりアホだな。死にたいのか?


「ありったけの旗を掲げろ!! 法螺貝を吹け!! ここに俺がいるとわかるようにな!!」


 とにかく目立つようにする。ここに敵の意識を集中させてその隙にサルの隊を回収する。


「俺がここで敵を引き付ける。その隙に羽柴隊の奴らを集めて下がらせろ。完了したら俺も下がるから狼煙を上げて合図しろ」

「ん、お任され」

「了解っす」


 氷雨と天弥が戦場を走っていく。


「来い、雑兵ども。俺を討てば大手柄だぜ?」


「ウオオオォォォ!!」

「その敵将を討て!!」

「どけ、その手柄は俺のだ!!」


 俺が放ったその一言の効果は抜群だった。敵兵たちが俺に向けて突っ込んでくる。


「殲滅せよ!!」


 手柄欲しさに突っ込んでくる敵兵を俺と四番隊が次々と倒していく。俺は次々と襲い掛かってくる敵兵を斬り殺しながら横で必死に槍を振るう秀隆に謝罪する。


「ごめん秀隆。多分ここが一番大変だ」

「本当ですよ!」


 若干キレ気味にそう叫ぶ秀隆に苦笑しながら、俺はしばらく刀を振り続けた。




 

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