第79話 八幡原の決戦 弐
上杉政虎は破竹の勢いで武田の防陣を突破していく。自ら先頭で愛馬を走らせ、襲ってくる武田兵を自慢の剣技で薙ぎ払う。
「む?」
まだ味方は誰も気づいていないが前方からものすごい勢いで突進してくる部隊がいる。いや、前の一軍だけに気を取られるな。それに紛れて左右からも少数だが精鋭の部隊が近づいてきている。
「政虎様、前方から突撃してくる部隊がいます」
「気づくのが遅いわ!! お前たちは左右を警戒していろ! 前は私がやる」
「は!!」
その直後、前方から騎馬の将が現れた。隻眼の十文字槍を持った武将だ。
「上杉政虎殿とお見受けする」
「いかにも。私が上杉政虎だ」
「我が名は山本勘助、上杉軍の大将である政虎殿に正々堂々一騎打ちを申し込む。受けられよ」
「笑わせるな。今の間に左右から貴様の味方が来ている、貴様の差し金だろう」
「何のことだ?」
「とぼけるなよ。私が貴様のような極めて厄介な軍略家を把握していないと思ったか?」
「くっ……」
「だが貴様には礼を言わなくてはならんこともある」
「礼だと?」
「貴様の立てた策なのであろう? この啄木鳥作戦は」
「なっ? なぜ……?」
「貴様が私の思い通りに動いてくれたことでこの戦は上杉が勝つ」
「お、思い通りだと?」
「ああ、冥途の土産に教えてやろう。私は妻女山に陣を張った時点で武田がこのような策に出てくるだろうと予想していた」
「……は?」
「信玄や貴様は兵力が拮抗しているこの状況下で山攻めはしないと踏んだ。ならば我らを山から降ろさなければならない。ならばうまくいけば我らを挟撃で全滅させられるこの策を使うと考えるのは自然であろうよ」
「……」
「ひとつ言っておくとすると、もし私が妻女山にいる敵を攻めるとしたら貴様と同じ策を使うだろう。私の考えた策の中でも最上の策だ。それを選べたことを誇るがいい。貴様は決して間違えたわけではない。ただ、相手が悪かったのだ」
「……なぜ」
「ん?」
「なぜ今日、この時間に我らが動くのが分かった!? 作戦を兵に話したのは今日の明け方だ!! 草の者が聞いていたとしても間に合わぬ時間だぞ!?」
「煙だ」
「煙?」
「海津城から出る飯を炊く煙がいつもより多かった。これは戦の前兆だ」
「……ハハハ。完敗だ、上杉政虎。だがな、計略では負けたがこの戦で勝つのは
その言葉と同時に政虎の左右を守っていた兵の首が飛ぶ。
「覚悟!!」
「上杉政虎ァァ!!」
「すべては信玄さまのため!! 卑怯と言われようともここで貴様を討ち取る!!」
左右から出てきた二人と正面の勘助が同時に政虎に刀を振るい、槍を突く。
「示現流 ”雲耀”」
「なッ!?」
勘助とその両腕の二人の首が政虎の完璧な一撃により宙に舞う。他の武田の兵は3人の首が地に落ちるのをただ呆然と見ているしかなかった。
「武田の将・山本勘助、諸角虎定、初鹿野忠次を政虎様御自ら討ち取った!!」
「「オオオオォォォ!!!!」」
「このまま一気に信玄の首を取るぞォ!!」
上杉軍の士気が跳ね上がる。上がった士気のまま政虎は信玄の本陣に突撃を再開した。
中央からの歓声、間違いなく上杉軍だ。右翼の将の武田信繁に続いておそらくだが中央の将の山本勘助が討たれたのだろう。中央と右翼が崩されれば必然的に横からも敵が雪崩れ込む左翼も崩れるだろう。おそらく武田は別動隊の合流より先に本陣に敵が来て信玄が討たれ、この戦に完全敗北するだろう。なら俺のすべきことは何だ? 俺のやりたいことは……
「お前達、オイラたち武田信繁隊、第3部隊、歩兵6番、ヘ組の5人はこの戦から脱出するべ!!」
「えっ?」
「て、敵前逃亡は重罪っすよ!?」
「そーだそーだ!」
「……組長、正気?」
「ああ、正気だ。このままだと武田はこの戦に負け、すぐに上杉によって残党狩りが始まる。死ぬとわかっているのにわざわざ戦うことはない」
この陽気な奴らを見殺しにするのは心が痛む。なんとかして生き残らせてあげたい。
「……逃げてどこに行くんですか? ここで逃げたらもう二度と甲斐に帰れない」
「そうっすよ!」
「そーだそーだ」
「……行く当て、無し」
「尾張だ。尾張にみんなで行こう」
「尾張?」
「組長、尾張に当てがあるんすか?」
「うーん、その質問に答える前に組長の方を誤解を晴らしておこうかな」
「え?」
「……誤、解?」
「ああ、俺は実はお前たちの知ってる組長じゃない」
「へ?」
「ど、どういうことっすか?」
「こういうことだ」
俺は変装を解き、信玄にも見せなかった素顔を晒して4人を見る。
「だ、誰?」
「そ、そーだ、そーだ」
「……別、人?」
「ほ、本物の組長さんは?」
本物を殺したってことは言わないほうがいいだろうな。
「俺は坂井大助。尾張の織田信長の家臣だ。お前たち、一緒に尾張に行こう。こんなところで死んでほしくないんだ」
「うーん」
「……」
4人はイマイチ俺のことが信じられない様子。まあ組長だと思ってた人が実は別人だったんだから普通にホラーよな。だが何とか説得して尾張に連れ帰りたい。俺の部隊に入れられれば最高だけどとりあえずは生き残らせれれば良い。
「とにかくここに居たらお前らは死んじまう! 俺について尾張まで来い!! その後は自由にしていい!! それとも甲斐に帰りを待ってる嫁がいたりするのか?」
「いえ、そんなのはいません」
「彼女すらできたことないっす」
「そーだそーだ」
「……一生、童貞」
「お、おう」
なんか可哀そうになってきた。
「なら甲斐に戻る必要はないだろ? 尾張に来たらちゃんと家も用意してやるし働き口も用意してやるから!! とにかくこんな所で死ななくてもいいって!」
「……」
「……」
「……僕、行く」
「遼太郎!?」
「正気っすか? 何考えてるかわかんないっすよ?」
「……組長、じゃなくて大助。僕たち、心配してる。死んでほしくない、嘘じゃない」
「で、でも……」
「ここで逃げたら軍律違反っす!!」
「そ、そーだそーだ!!」
「逃げ切ればいいだろ。俺は上杉に顔が利く。越後側から逃げれば大丈夫なはずだ」
「……」
「……皆、一緒に、逃げる」
「わかったよ、遼太郎。大助さん、俺もついて行きます」
「茂まで!?」
「小二郎も、一緒に行こう。皆で生き延びよう」
「……」
「……小二郎」
「……わかった!! わかったすよ!! おらも一緒に行くっす!! 大助さん、まだあんたのこと信じられないけど、よろしく頼むっす!!」
「ああ、任せろ。あとはお前だけだぜ、五郎丸? もちろん一緒に行くよな?」
「そーだそーだ!」
「お前はそれしか言わねえな? たまには普通にしゃべったらどうだ?」
「そーだそーだ」
「もういいわ。とりあえず俺の仲間の所まで戻る。ついてきてくれ」
「うっす!!」
無事、全員を救出することに成功した。こいつらは後に俺の取り巻き1号2号3号4号として活躍?するのだがそれはまだ先の話である。
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