第50話 浮野の戦い (3)

 

「そうか、林弥七郎を討ち取ったか。よくやった、大助、一巴」


 初日の戦闘が終わり、軍議の場で信長にお褒めの言葉をいただいた。


「はっ」

「ありがとうございます。ですが僕はもう戦えないでしょう」


 一巴師匠は肩の矢傷を見せてそう宣言する。傷は深く、右手は満足に動かないらしい。


「ふむ、では一巴の軍はどうする?副官に任せるか?」

「いえ、もともと我が軍は左翼では大助の補助にすぎません。いっそ我が軍も大助の軍に統合して左翼を一つの軍にした方が良いかと」

「え?」

 聞いてないんですけど。

「大助はどうだ?」

「お、おそらく問題ないかと」

「ならよし。一巴のところの副官を大助のところの部隊長にしろ。大助、お前には明日から左翼全体を任せる」

「了解」

「一巴は明日には清州に戻り、ゆっくり休め」

「はい、申し訳ございません」


「では、明日からの作戦を考えよう。長秀!」


 信長がそう言い、会議を仕切り直す。


「基本戦略は大きくは変わりません。敵の攻撃を耐え凌ぎ、信清殿が到着し、兵力の差が埋まった時に反撃に出ます。ですが敵は初日から第二陣を投入してきたことから考えて、短期決戦で勝利するつもりのようです」


 そう、この戦にはまだ信清が到着しておらず、敵との間に1000人ほどの差があるのだ。この兵力で信清が来るまで果たして耐え凌げるだろうか。


「今日の戦で敵が狙ったのは大助殿と一巴殿の守っていた左翼。敵の軍が左側に厚みがあったことからも間違いありません」

「では、明日も左翼が狙われるのでしょうか?」


 長秀の語りに利家が疑問を述べる。


「いえ、むしろ逆でしょう。今日のことで左翼は大きく打撃を受け、中央から左翼に兵を回さないといけなくなりました。次は右翼で同じことをして、右に兵を回さないといけなくなるでしょう。これを何回か続けると我が軍は左右だけに厚みができ、中央の殿を守る兵が少なくなります。そこを狙うのでしょう。つまり、今日の左翼の攻撃は中央の兵士を減らすのが目的でしょう」

「なるほど」


 長秀の説明に会議に参加していた全員が納得する。

 つまり簡単に言うと、敵の攻撃にまともに対応していると中央に隙ができるってことね。


「対策はどうする?」


 信長が長秀に質問する。


「そうですね、私が思いついたのは陣形を変えると言うことですね。今の陣形は場合によっては攻めに回ることも可能な陣形です。それをもっと防御に寄せた陣形に変えれば敵は作戦を変えるでしょう」

「なるほど。大助はどう思う?」


 え?俺?

 こう言う時は確か……三位先生が何か言ってたような……。思い出せん。確か……。


「えーと、俺はこの陣形のまま陣形自体の規模を縮小させるのが良いかと。守る範囲が狭まるので防御しやすくなります。それにもし敵の策が我らが予想していたものと違ったら防御陣形では対応しきれません」

「ほう、他に案のあるものはいるか?」

“ほう”だけ?良いの?悪いの?どっちなの!?

 他に案のある人はいないらしい。

「では大助か長秀、どちらの案にしようか?多数決で良いか?」

 あ、多数決で決まるんだ。


 結果は長秀の案でいくことになった。会議に参加していた9人のうち、6人が長秀の案に賛成だった。でもまあ、3票取れたってことはそんな変なことは言ってないよね!


 翌日の戦闘は初日と比べてとても楽だった。でも右翼は相当キツかったみたい。左翼は敵の数が少なく、逆に右翼に敵の兵が集まっていたらしい。でも流石に長秀殿と一益殿の2人がいるから簡単には抜かれない。2日目は初日に比べて少ない被害で幕を閉じた。


 3日目。この日は激しい戦闘は起きなかった。どうやら昨日の戦闘を見て、こちらの陣形を簡単に突破できないと悟ったらしい。弓や鉄砲で撃ってくるばかりで軍が動くことはなかった。そしてそれはその翌日も翌々日も続いた。


「この3日の敵の動き、どう思う?」


 5日目の戦闘が終わった後の軍議。信長は家臣団にそう問いかけた。


「一見、この陣形に攻めあぐねているように見えますが」

「そう単純な話ではないだろう。もう2日もすれば信清の軍が到着する。それは敵の兵力の差の有利を手放すことになる」


 利家に続き、一益が発言する。

 確かにおかしいのだ。敵は無理にでもこの陣を突破しないと相当厳しい戦いになるはずだ。それでも攻めてこないのは……


「あるいは信清殿が来ても勝つ手段があると言うのかもしれません」


 長秀がそう発言する。だが俺が思い当たったのは別の可能性。


「信清殿の裏切りの可能性」

「え?」

「は?」


 俺のポツリと漏らした呟きに場のみんなが反応する。


「そ、そんなまさか。大助殿、冗談はよくありませぬぞ」

「いや、可能性はある」


 俺の言葉を頭ごなしに否定した織田信房を長秀がさらに否定する。


「確かに、よく考えれば信清殿の到着が遅い。出陣したのはは7日前。犬山からここまで4日ほどで着くはず」

「裏切ったとまではいかずとも、戦の様子を見てどちらに着くか悩んでいる可能性は否定できません」


 一益と長秀の言葉に会議がざわつく。


「静まれ!!又左!!急ぎ信清に使者を送れ!!」

「はっ!!」


 信長が場を静め、利家が急いで会議の幕を出て行った。


「おそらく明日も今日まで同様、敵は攻めてこぬだろう。長秀、お前の隊を信清が来る北側に配備しろ。念のためだ」

「はっ!!」

「それと念のため那古野の林に使者を送れ。一応、あいつも出陣させる」

「はっ!!」


 林秀貞と柴田権六は稲生の戦いの件もあり今回は出陣させない予定だったのだ。

 だが本当に信清殿が裏切ったとしたら兵力差は二千対四千と倍ほどになってしまう。それは何としてでも避けないと。そのためには林でも何でも使うしかないという判断だ。さらに2日前に清洲へ戻った橋本一巴も再招集することに決定した。


「明日、正面の信賢軍には大助と一益に当たってもらう。いいな?」

「「はっ!!」」


 この浮野の戦いが明日で実質決着するなどということはこの時の俺には知る由もなかった。


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