第49話 浮野の戦い (2)
「橋本隊の退却を援護しろ!!敵は俺たちが引き受ける!!」
師匠の援軍として隣の戦場に乗り込んだ俺たちは混乱している橋本隊をまとめつつ、敵を殲滅していく。
「これはまずいっすね、指揮がうまく取れてない」
「というよりは指揮がうまく伝達できていないんじゃないかな」
「あるじ様、どうする?」
「天弥、氷雨、2人でこの軍の隊長の橋本一巴殿を探せ。何かわかったら俺のところへ来い」
「了解っす」
「ん。あるじ様は何する?」
「俺はここの部隊をまとめる。で、まとめ次第退却する。では、行けッ!」
その言葉に天弥と氷雨が荒れる戦場を走り出した。
戦場に雲がかかり雨が降り始めた。時刻はもう6時過ぎ。太陽は沈み、あたりは暗くなってきた頃、氷雨が報告に来た。
氷雨は血と雨と泥で酷い格好で一瞬誰かわからない程だった。それだけでどれだけ厳しい戦いだったかが伺える。実際俺も似たり寄ったりの格好だしね。
「お、おい!大丈夫か?」
「平気。全部返り血。それより報告。橋本一巴、あの森の入り口あたりで囲まれてる。」
氷雨は白い前髪についた返り血を不快そうに拭いながら報告してくる。
「囲まれてる!?まだ無事なんだな?」
「ん。間違いない。」
「よし!じゃあ俺が救出に行く。氷雨はその笛で天弥を呼び戻して一緒に俺たちの陣まで戻れ。後は俺がやる」
「ん。気をつけて」
「おう!お前もな!」
氷雨はいつも俺が天弥と氷雨を呼び出す笛を使い、天弥を呼んで陣に戻って行った。俺は橋本隊も合わせて膨れ上がった150人ほどを率いて氷雨の言っていた地点に向かう。
師匠たちは敵軍に包囲されていた。俺たちはその一部を力技で突破し、中に突入した。
「師匠!!」
「千代松か!!」
「だからもう違いますって!!助けに来ました!!」
「助かったよ」
「早く逃げましょう。俺たちが入ってきた穴が塞がらないうちに!」
「ああ!!」
そう言い、包囲から脱出しようとしたその時、
「待てぇぇぃ!!!!」
俺たちを呼び止める声が聞こえた。その声に師匠が足を止める。
「何してるんですか師匠!あんなの無視して・・・・・・」
「いや、それはダメだ。あいつは林弥七郎。敵軍の部隊長で尾張きっての弓の名手だ。後ろから射抜かれる」
「じゃあどうすれば?」
「僕がやる」
「え?」
僕がやる?一騎打ちってことか?
「弓の名手、林弥七郎殿とお見受けする!!僕は橋本一巴。正々堂々、一騎打ちを申し込む!!」
「橋本一巴・・・・・・、“戦国一の砲術家”か。相手としては申し分ない、いいだろう!!我は林弥七郎!!」
「では一騎打ちはそこの坂井大助が銃を上に向けて撃った瞬間、お互い弓と銃を放つというのでどうだい?」
「いいだろう」
「じゃあ、大助頼んだよ」
「し、師匠・・・・・・」
「大丈夫。師匠のカッコ良いところを見てなさい」
「・・・・・・はい。勝ってくださいよ?」
「任せなさい」
自分が一騎打ちする時より緊張する。自分がやる時は自分の腕を信じれば良いだけだから。いや、師匠を信じよう。負けるわけがない。そもそも弓と銃じゃ弾速が違うんだ。
俺はリボルバーを空に向け、耳を腕と左手で塞ぐ。
そして引き金を・・・・・・
シュッ
引き金を引く直前、2人の中間あたりに立っていた俺の前を何かが小さな音を立てて通り過ぎた。矢だ。弥七郎の矢が合図より前に放たれた。矢は師匠の腕の付け根あたりに突き刺さる。師匠の顔が苦悶の表情に歪む。そしてその直後、俺の銃から空に向けて弾丸が発射される。
パァァァーーーン!!
パァァァーーーン!!
2発、銃声が鳴り響く。1発目は俺。2発目は師匠。師匠の弾丸は林弥七郎の左腕に命中した。
「師匠!?テメェ!!合図の前に!!」
明らかなフライングだった。だがこれはかけっこではない。人の命がかかった真剣勝負だ。その大事な場でズルして、師匠の命を奪う?冗談じゃない。
俺は怒りのままにリボルバーを弥七郎に向け、引き金に指をかけた。
「ま、待て、こ、これはて、手が滑っ」
パァァァーーーン!!
パァァァーーーン!!
パァァァーーーン!!
弥七郎のくだらない言い訳が言い終わる前に俺のリボルバーから弾丸が放たれる。
「き、貴様!これは一騎打ちだぞ!!」
「よくも殿を!!」
「死ねぇ!!」
弥七郎の部下らしき3人が襲いかかってくる。
一騎打ち?知るか。先にルールを破ったのはテメェらの主だろうが。
リボルバーでまず2人撃ち殺した。そして3人目を撃ち殺そうと、引き金を引いた。
カチッ、カチッ
弾が出ない。唐突に起こったその事象に怒りに染まった俺の理性が急激に冷静に戻り、迫り来る死に対する対処を考える。だがそんな時間はなく、俺に刀が振り下ろされる。咄嗟に剣を抜くが、間に合わない。
あ、これは死んだ。あーあ、やっちゃった。これで終わりかよ。次は何時代に転生するんだろうな。いや、一回転生しただけでもラッキーだったんだよな。
迫り来る刃を前にして俺はそんなことを考えた。
パァァァーーーン!!
俺に刃が届くことはなかった。代わりに届いたのは1発の銃声。恐る恐る閉じた目を開く。俺を切ろうとしていた敵は眉間を撃ち抜かれて死んでいた。
「どんな時でも、命の危険がある時こそ、冷静に、だよ?千代松?」
「し、師匠……」
銃声をした方を見ると、効き手じゃない左手で銃を撃った師匠の姿。
「だ、大丈夫なんですか?」
「たぶん相当まずい。右手に力が入らない」
「し、師匠、ありがとうございます。助かりました」
「弟子を守るのは師匠として当然のことだよ」
そうカッコいいセリフを吐く師匠の顔色は今まで見た誰よりも悪い。相当無茶したんだろう。
「て、撤退しましょう。急がないと囲まれる」
「そうだね」
「もうちょっと頑張ってください。敵の相手は俺の隊でします」
「ああ、助かるよ」
「行くぞお前ら!!橋本隊を守りつつ、全軍撤退!!」
こうして俺たちは多大な犠牲を出しながらも師匠の救出に成功し、撤退した。
一日目はお互い数を減らしあったが、こちらは敵の第1陣の将を討ち取り、初日の状況はこちらがやや優勢という感じで終わった。
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