第35話 門番さんと信長家臣団

 千代松へ

 この手紙をあなたが読んでいるとき、もう私はこの世にいないのでしょう。まずはまだ15歳のあなたを残していなくなってしまい、本当にごめんなさい。でも私が人質としてあの坂井大膳の弱点になるわけにはいかないの。それが戦国の女の宿命なの。どうかわかってほしい。

 でもそういう私もまだ死ぬ覚悟が出来て無い。ここ最近はずっと震える夜を過ごしているわ。できることならまだ生きて千代松の成長を見ていたい。初陣、いやせめて元服くらいは見たかったな。でもそれは天国から見ておくことにするわ。

 千代松、あなたは昔から賢くて、強くて、優しい子。あの人は少し不気味というか、不自然に思っていたところもあったようだけど……それでもあなたは私とあの人の大事な一人息子。千代松はきっと大物になる。あの人があなたが小さいころからずっと言っていた言葉よ。私もそんなような気がする。でも私は大物になんかならなくてもいいと思うわ。優しく、たくましく育ってくれればそれで十分。その上で祈ちゃんとか大事な人、助けるべき主人を守れれば上々よ。母があなたに願うことはそれだけです。最後に、あの人のことをよろしくね。


 母より



 実家の家族でご飯を食べた場所で俺は泣き崩れた。

 母上の手紙からは強い無念とそれ以上の俺への愛情が感じられた。両親は俺のことに少し違和感を感じながらも俺のことを大切に思い、育ててくれたようだ。感謝しかない。


「奥様はそれを私に託した後、短剣で御自分の喉を切り裂き、お亡くなりになりました。あの墓はその遺骨を持ち帰り、私が立てたものです」

「……そうか、ありがとう。今まで本当に苦労を掛けたな。信長によると父上もなくなっている可能性が高いとのことだ。お前の主人はもういない。お前はこれからどうするんだ?」

「主人はいますよ。ここに」

「え?」

「奥様が死ぬ間際、千代松を助けろと私に命じられたのです。私はこれから千代松様に仕えたいと思います」

「それは、助かる。でもいいのか?俺はこれから両親を殺した信長に仕えることになるんだ。それでもお前は俺についてくるのか?」


 門番さんは父上と母上に深い恩と強い忠誠心があったはずだ。その二人を殺した信長に俺を挟んででも仕えるのは複雑な所があるだろう。だがそれを門番さんは即座に切って捨てた。


「無論です。千代松様が誰に仕えようと、私は千代松様を御守り致します」

「そうか、じゃあよろしく頼むよ。門番さん」

「門番さんじゃなくて彦三郎とお呼びください。我が主」

「よろしくな、彦三郎」

「はい!」



「ちなみに彦三郎って強いの?」


 あの後、彦三郎と今後のことを放していくうちについ気になったのだ。


「そうですね。まあそこそこに剣と弓は使えます。一応、一人で大膳様のお館を守っていましたしね」

「確かに。よく考えたらこのうちって有力武将の割には護衛少ないよな」

「実は千代松様が生まれるまでは常時5人以上いたんですよ。でもそれは千代松様の教育に悪影響が出るかもしれないということで大膳様が一人まで減らしたんです。それが私なんですが」

「どうやってお前が選ばれたんだ?」

「そりゃあもちろん一番強かったんですよ」


 マジかよ。それで忠誠心も強いとなればそりゃあ重宝されるわけだ。


「じゃ、じゃあこれからあらためてよろしく頼むよ」

「もちろんです。我が主!」



 翌日、俺は再び清洲城に出向いた。今度は信長の家臣団の前で正式に家臣団に加えてもらうためだ。

 正面には主人となる織田信長。右側の一番奥に家老である林秀貞、左側の一番奥にこれまた重臣である(髪型が面白い大男)柴田権六、そのほかにも滝川一益、祈の兄の丹羽長秀、前田又左衛門利家、池田恒興、佐々成政、佐久間信盛、橋本一巴などの名のある将が連なっている。ちなみにあの信長にこき使われていた平手政秀殿は一昨年自害したらしい。他にも俺に兵法を教えた平田三位は出家したためいない。木下藤吉郎もまだここに入れるほど高い役職につけていないそうだ。


「面を上げよ」

「ハッ」


 林秀貞に言われ顔を上げる。


「挨拶を」

「新たに信長様の家臣団に入ることになりました。坂井千代松です。名前で察した方もいるかもしれませんが、坂井大膳の息子です」


 広間がざわつく。

「あの坂井大膳の息子!?」「大丈夫なのか?」

 それを信長が一喝する。


「静まれ。千代松、続けろ」

「はい。父がここにいる多くの方に御迷惑をおかけしてしまったことを父・坂井大膳に代わり謝罪いたします。それに加え、これから坂井家は信長に忠誠を誓うことを坂井家頭領・坂井千代松の名のもとここに宣言致します」


 俺がそう言い切ると信長は「うむ」とうなずき、


「よし!坂井千代松の織田家臣団への加入を許可する。配属は……俺の直属だ!」


 信長がそう言い切ると同時にそこに誰かが待ったをかける。


「お待ちください!殿!あの坂井大膳の息子を直属に!?危険すぎます!!」

「信盛の言う通りです!あの狡猾な大膳のことだ!また何か企んでいるに違いない!」

「そんなことは」

「信盛殿、美作守殿、これは殿の決定であるぞ?」


 俺が言いかける前に利家が文句を言った二人に声を投げかける。


「う……」

「むぅ……」

「では、織田家臣団へようこそ。千代松」


 最後に信長がそう締めくくる。


「はい!!」


 利家と橋本一巴、丹羽長秀が拍手する。それに続きちらほらと拍手が起こり、最終的には半数ほどが拍手してくれた。



 こうして俺は正式に信長の家臣となったのである。それは長くて険しい、そして俺の知る未来では叶わない信長の夢の道に本格的に足を踏み入れたことを示していた。








 

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