第2話 マロンクリーム
フードプロセッサーからマロンペーストを取り出して早速裏ごしをする。
まだ温かいペーストを少しずつヘラで
悔しいことに優斗は力があるから僕の隣で一緒に作業するとあっという間にできてしまう。僕が一人でやるよりは効率がいいから助かるけど。
この教室は入った時は不定期に開催されていたが、今は月2回土曜日の夜22時から始まり深夜零時までだ。零時が過ぎる頃には生徒は玄関の外にでていなければならない。
そいうわけで、時間の限られた料理番組のように手のかかるものはあらかじめ用意されたりしている。
じっくり習いたいなら平日午後の部も開催されているのでそちらで教えて貰えばいいのだ。僕は昼間は仕事で来られないので深夜の部にしてもらっているが、この深夜開催にも茉莉子さん側のある都合があってのことで、またそれは別の話し。
「うん、滑らかになったわね、これにラム酒と生クリーム、コクを出すためにバターも入れましょう」
「はいっ」と僕が返事をすると優斗はさっと横からラム酒を小さじに入れて差し出してきた。素早い。
「俺のにはラム酒いらないから」と優斗が裏ごししたペーストを取り分けて別のボールに移した。僕は内心でニヤニヤ笑って、
「酒が苦手なのか? おこちゃまだな」と言ってやると
「俺じゃない、茉莉子さんが酒全般苦手なんだよ!」と目を吊り上げて怒る。
なんだ、茉莉子さんのためか流石番犬だな、それにしたってそんなに怒る事ないだろうとちょっとムッとしたけど頭はモンブランでいっぱいなので、どうでもいいや。
僕はボールに裏ごししたペーストと柔らかくしたバターとラム酒を入れよく混ぜる。その後6分立てにしていた生クリームを少しづつ加えながら混ぜ残しがないようにしっかり混ぜていく。
「土台は先に焼いておいたダックワーズにするわね」
「焼きメレンゲもいいですけどダックワーズの土台は初めてなので楽しみです」
モンブランは土台も様々だ。カップケーキにタルト、パイにシフォンに、ビスケット、チーズケーキにモリモリ乗せても贅沢で美味しい。
母さんの誕生日にはモンブランタルトを作ろうかな。
そんなことを考えているうちに優斗がケーキトレイを並べてくれている。
こいつは嫌なやつだが自分でカフェバーを経営しているだけあって料理の腕と知識は確かだ。僕より2つ上の28歳とまだ若く独身なのでこの教室に通う女性の生徒さんに絶大な人気があるのだ。見た目もいいからモテるのは容易に想像できた。
「なんだよ、俺に見惚れてんのか?」
「んっなことあるか!」
僕は無意識にじっと優斗の事を見ていたらしい、優斗が片眉を上げてそんなことをいうもんだから上手く言い返せなくて自分に腹が立った。くっそ。
「もう、仲が良いわね~」
「「仲良くない、です」」
クスクス笑う茉莉子さんは絶対に誤解している。僕が優斗に気があると思っているに違いない。
優斗はどうだろう? 僕に対して警戒しているフシは見てとれるけど、それが嫌悪感からくるものとは思えない。
ゲイと公言している男が隣にいるなんて、気持ちが悪いと思われても仕方ないのに誰にでも公平に付き合える優斗は本来いいやつなんだよな。僕がゲイっていうのは嘘なんだけど。
茉莉子さんが絡むと途端に嫌なやつになるのは誰に対しても同じだし……、おっとまた考え事をしてしまった。
「おい、ぼーっとしてないでモンブラン組み立てるぞ」
「お、おう」
僕は気を取り直して小さめのトレーにそれぞれ丸く平たく焼いたダックワーズを入れていく。その上に8分立てにした生クリームを少し置き、栗の渋皮煮を乗せる。
そしてドーム型に生クリームを形成したらいよいよモンブランクリームを絞るのだ。
家で何度か作ったけど、この絞りが難しくて納得できる仕上がりになったことがない。今日は頑張って綺麗に絞りたい。
ちょっと緊張気味に搾り袋にモンブランクリームを入れた僕はトレイから白く山のようになっている生クリームの下の部分からくるくると回しながらモンブランクリームを絞っていく。
何とかできたけど、ちょっといびつになってしまった。
「常に同じ力で絞り出してね、あっ、そうだわ優斗さん回転台を持ってきてちょうだい」
優斗はショートケーキのナッペをするときに使う回転台を持ってきて、その上にダックワーズの土台が乗ったトレーを置く。
「清人さんは同じ力で絞り出すのに集中してね、こちらで回転させるから上にずらしていけば綺麗にできるわよ」
僕は言われたとおりに生クリームの下の部分に金口を当てると優斗が回転台を回す、そして少し力を入れて絞り出すと面白いようにモンブランクリームがくるくると糸を巻き付け、あっという間にてっぺんまで綺麗に山ができあがった。
「腕を回して絞るよりこっちの方が楽で綺麗にできますね」
「慣れると片手で回しながら搾れるようになるから練習してね」
「はい、今度モンブランタルトのバースディケーキを作ろうと思ってたので練習します!」
「あら、どなたの誕生日なの?」
茉莉子さんと何故か優斗も興味ありそうな顔で僕を見る。
「母です」
なーんだ、という顔で優斗が興味をなくしたのが分かる。彼女、いや彼氏だとでも思ったのだろうか。
「まぁ、清人さんは本当に優しいのね、お母さまが羨ましいわ」
「そんな、普通ですよ」
僕は顔が緩むのを感じながら嬉しい気持ちが抑えられなかった。
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