第8話、桃太郎、冒険者になる
ダンジョンのお宝には、この世界にはない食べ物がある、と聞いた時、オレの中で浮かんだもの、それは『桃』だった。
「桃は? 桃もダンジョンのお宝にあったりするか!?」
「えーと……桃太郎が桃?」
カグヤは眉間にしわを寄せる。
「それ、何かの冗談? それとも桃太郎って名前だから桃に特別なシンパシーがあるとか?」
何だよシンパシーって。そりゃ前世の昔話じゃあ、オレは川で洗濯している婆さんが拾ったでっかい桃から生まれたって『なんだこりゃ?』って話になっていたけどさ。
「前世での大好物だったんだよっ! でもこの世界に、桃を見たことがないんだ!」
オレの迫真の訴えに、カグヤは少し引いたようだった。
「うーん、どうかしらねぇ。ダンジョンのお宝に『桃』があるかは聞いたことないけど、それは見つかってないからで、探してみないとわからないんじゃない?」
「つまり……あるってことでいいんだな?」
「ある……かもしれない。わからないわよ? でも可能性で言えばある」
「よし! そうと決まれば、さっさと冒険者登録済ませて、片っ端からダンジョンを漁るぞ!」
テンションあがってキター! そうかそうか、ダンジョンには、異世界果物も宝としてあるかもしれないのか。
適当に冒険者やりつつ、この世界に桃がないか、ぼちぼち調べていこうと思っていたが、思わぬ収穫だ。カグヤはカグヤでダンジョンに挑む理由があるが、オレにもできたぜ、ダンジョン探索の理由が!
「オレは! 桃を! 手に入れるっ!」
可能なら毎日食えるように育てて、収穫できるように舞台を整える! 目指せ、桃のある生活!
「桃のために、ダンジョンのお宝探しする人がいるなんて、思いもしなかったわ」
「何だよ、カグヤ。人にとって宝なんて、それぞれだろ?」
お前だってさっき、こちらの世界では価値がわかっていないためにガラクタ扱いされるものがあるって言ってたじゃねえか。価値とか、そういうのは当人が決めるもんだ。
・ ・ ・
街道に沿って移動することしばし、日がだいぶ傾いた頃、アイバンの町に到着した。
王都に近いだけあって、外壁に囲まれた大きな町だ。
入る時、オレは身分証を持っていなかったが、カグヤが連れと紹介したおかげで、若干高いが料金を支払うことで中に入ることができた。
元の侯爵家の位や証明は使えないから、さっさと冒険者登録して、冒険者証を手に入れよう。冒険者証は、割と手軽に身分証になると聞いている。
夕方だが、家への帰りなのか人通りは多い。人間以外にもドワーフや小人族といった亜人の姿もちらほら。
「……んで、なんでお前、フード被ってんの?」
「私って、美人過ぎるじゃない?」
カグヤはしれっと言う。
「こういう場所で顔を出していると、すぐナンパ野郎が寄ってくるのよ」
「へ、ナンパ野郎ね」
鼻で笑いたいところだが、前世の、『男』としてのオレはかなりカグヤの一挙手一投足にドキリとしてやがるからなぁ。そういうこともあるんだろうと、半ば納得。
「お前も大変だな」
「でも、桃ちゃんも大概じゃない?」
流し目を寄越すカグヤ。
「結構、お胸大っきいんじゃない? それに髪を伸ばしたら、お淑やかなお嬢様に見えたりしない?」
「そういうお嬢様バレしないように、髪をざっくり切ったんだけどな。ワイルド方面に振ってみたんだけど、どうよ?」
「狼みたいだわ」
「それは褒め言葉だな」
女性としての評価としてはアレだけど、オレの方向性としては悪くない。
「それで、どうする桃ちゃん? 先に宿を確保する? 冒険者登録済ませてしまう? それとも、装備揃える?」
「んー、そうだなぁ、何をするにも身分証あったほうがいいから、先に登録済ませちまおう」
これは前世の記憶。日本じゃ、何か登録するために大抵身分証が必要だったからな。装備にしろ宿にしろ、いざという時、身分証あるのはやっぱ安心感が違うと思う。……なんて、この世界でのオレ、ミリッシュ・ドゥラスノは、どちらかといえば世間知らずの分類に入るから、ぶっちゃけわからんことだらけなんだけど。
ということで、やってきました冒険者ギルド!
「登録しておけば、他の場所へ言っても冒険者ギルドは利用できるから」
この世界では、かなりグローバルな組織、それが冒険者ギルドである。前世じゃ空想の存在だったけど、それを現実として見るとまた感慨深い。
「……中は役所っぽいな」
一階フロアを見渡すと、何となく市役所に来た気分。ただ、ギルドのスタッフを除くと、防具を着込み、武器を携帯しているアウトローな雰囲気のヤツばっかりだった。
つーか、端の休憩所っぽいところで、酒飲んでる連中もいやがるな。一日ご苦労さまってか。いいご身分だな、おい。
「ほら、桃ちゃん、さっさと登録済ませちゃうわよ」
カグヤが促した。
「この時間帯は、もう飲んで寝るだけって連中ばっかりだから、長居すると絡まれるわよ」
「ああ、そうだな」
ちらちらと、周囲の視線が突き刺さるしな。見慣れない奴を観察するってのは、わかるが半分くらい、オレの胸を見てるだろ。わかってんだぞ……。
空いているカウンターに向かう。若い受付嬢が頷いた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「連れの冒険者登録」
カグヤが自身の首から下げている冒険者証を見せる。お前が言わなくても、一人でできるぜ――とは思ったが、先輩のご厚意には乗っておくべく黙っていた。冒険者には冒険者の流儀ってもんがある。……たぶん。
「そうですか。それはこちらの書類にサインを――」
ふむふむ、登録申請用紙ね。内容をざっと確認し、羽根筆にインクをつけると、サラサラと署名。登録の際の名前はモモってことにしておく。しつこいようだが、ミリッシュの名前は使えないからな。
「ありがとうございます。あと、血を一滴取りますので、そちらに――」
はいはい、これもどこかで見たな。本人専用のギルドカードとか作る時に使うやつ。前世の記憶で予習済み。
「登録料に銀貨一枚ですが、後払いもできますし、今払っても問題ありませんが、如何致します?」
「今払う」
借金は嫌いなんだ。仕事をこなした報酬から引くこともできるようだが、貸し借りを作る相手や状況は選びたい。
「はい、ありがとうございます。登録完了です、モモさん。こちら、冒険者証になります。なくさないようにお願いします」
受付嬢がカードを手渡す。受け取ると、それはキーホルダーのような大きさの、カグヤが首から下げているそれの形に変化した。へぇ、こういうギミックがあるのか、スゲぇな。
「スタートはお試し期間のFランクからです。一銀貨、つまり登録料分の報酬を獲得したら、正規の冒険者としてEランクになります」
つらつらと受付嬢が説明する。見習いのFに始まり、上はA。その上に特A、Sなどのランクがあるが、これは国からの推薦やそれに見合う活躍が必要となるので、冒険者ギルド単体での最上位はAランクとなる。……うん、まあ大体は予備知識のそれと変わらんから、理解した。
「おめでとうございます。そしてようこそ、冒険者へ!」
その瞬間、オレは冒険者の身分を手に入れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます