第2話 姉さんの恋心(千影視点)
健司がお風呂に入ったので、リビングにいるのはワタシと姉さんの2人だけになった。…そういえば、2人きりになるのは初めてね。
再会した時は倉式君がそばにいたし、この家で過ごす時も誰かは近くにいたから。
「さっきは健司がバカな事言って迷惑かけたわね」
家事手伝いを“メイド”と思うのは良いけど、メイド服を着せるのは…。
「気にしてないわ」
姉さんに感謝しなさいよ、健司。さすがに軽口を言う相手は選んでると思うけど、調子に乗り過ぎちゃダメだからね!
「千影。キッチンとか冷蔵庫見せてくれる? 明日から使わせてもらうから」
「良いわよ」
ワタシは姉さんをキッチンに案内した。…調理道具の場所や冷蔵庫の中身を確認してもらう。
「…多分覚えたわ」
「今日来たばっかだし、明日ぐらいはのんびりしてて良いのよ?」
「のんびりしても、やる事がないのよね~。それだったら家事してたほうが良いわ」
「そこまで言うなら…、お願いしちゃうけど」
「三島君は、仕事がある日は何時に朝食を食べるの?」
「大体6時半ね。家を出るのは…、7時15分ぐらいかな」
「じゃあ…、6時には起きた方が良さそうね」
健司のことはこれで済んだ。後は…。
「姉さん。麻美さんのことなんだけど、彼女の分も作ってもらえるかしら?」
余計なお世話かもしれないけど…。
「もちろん。あの子のことも気になってるからね。 あんたの弟子なんだし、 一緒に食べれば親睦が深まるんじゃない?」
「ありがとう、姉さん。でも…」
麻美さんは健司が苦手だからなぁ…。
「三島君のことでしょ? タイミングをずらせば問題ないわよ。ちょっと遅いかもしれないけど、彼が家を出た後に麻美ちゃんに来てもらえば…」
女3人でゆっくり食べられるわね。たまにはそういう時間も欲しい。
「今の話を麻美さんに伝えるわね」
携帯で連絡したところ「ありがとうございます。明日、その時間に向かいます」と返信があった。お昼のことは…、食べながら話そうかな。
キッチンでの要件が済んだので、再びテーブルの椅子に座るワタシ達。
「姉さん。家事手伝いは婚活の空いた時で良いから」
ここにいても、婚活はできるからね。納得できるまで諦めないで欲しいな。
「…もう婚活する気はないわ」
暗い顔で話す姉さん。
「え…? どうして…?」
何があったんだろう?
「気になった人に断られて、興味がない人に詰め寄られてから断る…。その繰り返しに疲れたのよ…」
「……」
ワタシは婚活したことがないから、姉さんに歩み寄ることができない。
「花恋荘にいた9か月で一番タイプだった男の人は…、隼人君なの」
「倉式君?」
「そうよ。彼は真面目で誠実だけど、ちょっと頼りないところやあどけない笑顔が可愛らしくて…。あたしは親心のつもりで隼人君と接してきたの」
「……」
「でもね、その考えは間違ってた。お酒の件を見つめ直して…、あたしは、あの子を異性として見ていることを自覚したのよ」
お酒の件が気になるけど、多分酔った時に何かやったんだと思う。そういう話は珍しくないからね。
「異性として見てるなら、告白するの?」
「できる訳ないでしょ! あたしとあの子は、倍以上歳が離れてるのよ! こんなおばさんに告白されても、隼人君を困らせるだけだわ…」
「だったら、告白は諦めるのね?」
「そうするしかないわ…。隼人君のバイト先には、同い年の女の子がいるみたいだし、その子と付き合うのがお似合いよ」
…姉さんの顔は、諦めているようには見えない。
諦めるというより、倉式君に断られる事を恐れている感じだ。だけど告白しない限り、永遠に心のモヤモヤは消えないんだよ? それで良いの? 姉さん?
「あたし、隼人君に再会するのが怖い」
「え…?」
「『冬休みに立派な男になって会いに行く!』って言ったけど、成長したあの子に会ったら、気持ちを抑えられる自信がないの」
「…姉さん、やっぱり告白するべきだよ!」
後悔してほしくないから!
「でも…」
「倉式君と2回しか会ってないワタシが言えることじゃないけど、彼は歳だけで人を判断しないと思う。姉さんを1人の女性として観てくれるはず」
ワタシのアパートの下見をする時、倉式君は全然話してなかった麻美さんを気遣った。そんな優しい子が、歳を理由に振ったりするかな?
「姉さんが惚れた倉式君を信じてあげて!」
彼ならちゃんと応えてくれるはずだから!
少し沈黙が続いた後…。
「…そうね。千影の言う通り、再会した時に告白するわ!」
「頑張って! 応援してるから!」
姉さんは笑顔になったし、間違ったことは言ってないよね…?
「…まさか、千影に恋愛相談することになるとはね。会わない間にだいぶ成長したじゃない」
「母さん達と縁を切って家を出た時から、1人で頑張るって決めたから。頼る人がそばにいないと、しっかりするしかないのよ」
「でも今は三島君がいるから、いつでも頼れるわね」
「まぁ…」
出会った頃と比較すると、頼る頻度は減ってるけどね。
「あのさ、前から気になってたんだけど…」
姉さんが言いかけた時、脱衣所の扉の開く音がした。健司がお風呂から出たわね。
「ごめん、また今度にするわ」
「そう…」
もしかして、健司に聴かれたくない話なのかな?
健司が出た後、脱衣所と浴室を案内した。これでタオルや洗剤の場所に困ることはなくなるわね。
「姉さんの好みに合うかわからないけど、ワタシのシャンプーやボディーソープを使って」
「そうさせてもらうわ」
「洗濯はどうする? 3人まとめて洗っちゃう?」
9月とはいえまだまだ暑いから、健司は汗だくになることが多いのよね~。
姉さんが気にするかどうか知るために訊いてみた。
「当然じゃない。別々に洗ったら、水道代がもったいないって」
良かった。気にしないタイプだったみたい。
「後のことはあたしに任せて、千影はゆっくり入りなさい」
「そうするわ」
姉さんが脱衣所を出たのを見届けてから扉を閉め、ワタシは服を脱ぐ…。
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