妖精の森、隣人の家


 声を掛ける勇気を出すため、お弁当の入ったカバンを握りしめる。


「……あの、これからどこへ」


「森を抜ける」


 答えが返ってこない。折角声を絞り出せたというのに。

 門を出てから、私は、先生と一度も会話をしていない。


 「銀糸」そう呼ばれていたメイドの人が綺麗にお辞儀をして送り出してくれたのを思い出す。


__「いってらっしゃいませ……」


 全くという程、私はどこに行くのか分からないでいる。


 沈黙のまま黙々と脚を動かして暫く。私たちは森の入口に着いていた。

 今までは全く木なんて生えていなかったし、なんだか急に現れたみたいだった。


「___…………釣浮草トリテレイア


 入る寸前、先生が何やら呟き始めた。


 ふわり、と優しい風が吹いて花びらが頬に触れた。

 その風も、花も。自然に吹いて来た物とは全く違ったのに気付く。


「っ?!」


くはあお一枚ひとひら迷わず混織こんしょくしるべ。進むはあお一片ひとひら還らず混織こんしょくしるべ


 私と先生を、紫の小さな花とつたおおい隠す。


「無知なる我らを送り届けよ______」


 巡り巡って、碧の光が私と先生を包んで、次第に淡く空へ消えていく。


「…………まじないを掛けた。息を潜めて着いてこい」


「……ぁ……………」


 呆気に囚われていたところを現実に引き戻され、私は、きびすを返し森へ進んでく先生の後ろを追い掛ける。


 森に入って、すぐに気付いたこと。


――『見てみて、』


――『私たちの夜を告げるお姫様レイラよ……!』


――『やっぱり綺麗だわ』


「……」


 ここには沢山の妖精が住んでいるらしい。

 そして、何故かそれを、まるで日常であるかのように心を落ち着かせている自分がいる。


――『ねえ、夜を告げるお姫様レイラ


「わっ……」


――『まあ! 驚いた顔も可愛いのね! 夜を告げるお姫様レイラは♡』


「レイラ……?」


「もう一つのお前の呼名だ」


「!!……せ、んせ」


 先生はいつの間にか私と妖精らしきそれ達との間に入り込み、壁になっていた。


――『!! 運命を捨てた愚か者グロン・クリフィリアス……』


「……」


「この娘はお前たちの夜露よつゆではない。去れ」


――『チッ……ボロ布のクセに…………どうせすぐに、お前から逃げてしまうわ!』


「……行くぞ」


「!……は、はい!」







 先生と私は、歩き続けて、いつの間にか横を見れば湖が木々の間から覗いていた。

 希幻きげん湖畔こはん、というところを通っているらしい。

 ……それよりも


「……」


 夜を告げるお姫様レイラ……運命を捨てた愚か者グロン・クリフィリアス……。

 私は、コッチの世界を何もらない。そしてこの人は、何も………


――『ま……貴方がウワサの夜を告げるお姫様レイラね?』


――『こんな歳までよく生きていたわね……抱きしめてあげる、』


「っ……!?」


「なッ……」


 私は腕を引かれ、二人の間に抱き留められた。一瞬で先生から引き離された。


――『まじないを掛けるなんて、酷いじゃないの……』


――『この子からわたしたちを遠ざけるなんて』




――『『図々しいにも、程があってよ……?』』




 他の妖精より、私よりも大きな二人の妖精は私を胸で挟んだまま、蹴落とすような地を這う声で、先生を威圧した途端、風が吹く。


 ……潮の、匂い…………? いや、違う?


――『『ねぇ、ミラ?』』


「……」


 ああ、らないことが多すぎる。

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