13:真夜中の事情。②


 新しいココアを淹れ直した後で蛍の話が再開。約20分かけて語られた話の中で特質すべきは以下の4つ――。


 1つ。蛍が大学4年生の時、1期生2人のVtuber活動に専念する為に就活を断念して大学を留年。その事がきっかけで元々険悪だった親子間の仲に決定的な亀裂が入り今や絶縁状態である事。


 2つ。蛍が大学卒業後、株式会社カラードパレットに就職。登録者数10万人を超えていた”フェレネコセンチャンネル”を起点とし、社内で新しくVtuber部門を立ち上げ、”聖フェリス☥テレサ女子大学附属学院”が出来上がった事。

 ちなみに初期メンバーはあの時インターンシップのお偉いさんを除いた吸いニケーションのメンバー煙草仲間だとか。


 3つ。――これが1期生と蛍が決めたフェレサ女の理念。それ故にメンバーは現役の女子学生で構成する事。


 4つ。フェレサ女が出来た1年目の冬。たまたま現役のVtuberを活用したテレビアニメ”バーチャルファンタズム”に1期生の2人がゲスト出演し、この事をキッカケに横ばいであった業績が上がり始め、本社からの評価が低かったVtuber部門の評価が改められたとの事。


 以上4つを話し終えた蛍から「今度は激甘めで頼むよ」と千寿に珈琲の淹れ直しを要求。千寿は台詞の意味を受け取り、言われた通りに砂糖の代わりに練乳を増し増しに入れた珈琲を渡した。


 つまり此処からが本題。弟が知る姉が結構真面目な話に入る合図。


「本社で何があったか? 単刀直入に言えばアタシが立ち上げたフェレサ女が乗っ取られかけてる」

「!?」


 驚愕する千寿。まさかの事態に驚きを禁じ得ない。

 フェレサ女の責任者は発案者である蛍。全権では無いにしろそれなりの権利も蛍が握っている筈だった。


「全く……始めた当初は新卒が持ってきた目新しい企画ってだけで然程期待されていなかったんだがね。日に日に大きくなっていくvtuber業界に金の匂いを感じるやいなやヤれそうな女に接する様な強かさで介入。挙句、金、金、金と金の事しか頭にないからフェレサ女には合わないような案件や無茶な案件を得意げに持ってくる。本社と相手のメンツを保ちつつ断るのが一苦労だったよ。時には仲間内で妥協案まで探したっけね」

「そ、そう……あ、それが5期生の人達だったと」

「正解」


 妥協案としての5期生。

 蛍はフェレサ女は1期生と決めた理念価値観とは別に”子供なら大人の都合関係無く自由であるべきだ”と言う思想見解の下でフェレサ女を運営してきた。しかし近年その在り方は曲げられつつあり、それを助長するのが今の5期生となっている。

 

 満穂も言っていたが、5期生はを専攻しているのだ。


「?」


 話が見えねぇ、と言った表情を浮かべる琥珀に”5期生はアイドルを専攻している”事を再度説明。思い出した琥珀は「姐さんもアイドル路線は駄目なんか?」と質問し、蛍がそれに答える。


「駄目ではないよ。マーケティング戦略としては王道だ。でもアタシが作ったのは”聖フェリス☥テレサ女子大学附属学院”だ。学院なんだよ。学生によるマーケティング戦略~なんて言葉は似合わないだろう? 寧ろマーケティング戦略にハマる年頃なんだから。――それに……それにだねぇ……アイドルってのは色々と大変なんだよ。ライバー自身も。それを支えるマネージャーもね。実際に今、5人の5期生と比べて6期生は3人だからと5期生以外のマネージャー達が駆り出されている始末でね。練習場所の確保から移動の諸々。5期生のイベントスケジュールと合わせた日程の調整とてんやわんやさ」

「? 6期生も確かアイドル路線だったよね? だったら同じ路線である5期生マネの方が良いのでは? 練習スケジュールや場所の取り方云々のコネやらノウハウが姉さん達よりもずっとある筈だし」

「まぁそこはね。千寿の言う通り本社が5期生と共に連れてきたマネージャーはそっちの経験が豊富にある。正直、あれやこれやといっぱいいっぱいでやってる6期生のマネージャー業務もそのマネージャー1人で全然回せるだろうさ。でも今や5期生はウチで一番の稼ぎ頭でね? そこのリソースを割くなんてとんでもない! ってのが本社の見解さね。半ば悲鳴のような声を上げても数字利益を盾に一蹴されてしまったよ」

「あらぁ……」


 自分達の担当vtuberのヒアリングをしつつ運営元からの案件を上手く裁きながら追加で6期生の面倒を見る。これなら最近の蛍の疲労具合に納得がいく。

 フェレサ女の内情を幾らか知っている故に余りの状況の悪さに言葉を失くす千寿。内情を一切知らない琥珀も蛍の微かな表情の変化を読み取った事で眉間に皺を寄せた。

 

「それでお給料手取り25万ちょいでしたっけ? 確か。やりがいの為に仕事をしている姉さんはともかく他の人達は結構きついんじゃ……」

「いや。そこは満足に貰ってるよ。夢に生きる前に現実ってね。千寿の言う通りアタシのようなやりがいの為に人生を使い潰せるような狂人じゃない限り人の原動力は金さね。そこは本社の連中良く分かってる。――ちなみに今だと責任者のアタシが大体これで、他も平均でこれだけ貰ってるよ。勿論手取りでね」


 指を5本立て約50万、その次に3本→5本約35万と指を動かす。千寿が思っていた以上に貰っていた。


「意外とどころか凄く貰えてらっしゃる」

「言ったろう? 人の原動力が何たるかを本社の連中良く分かってるって。まぁそれを使う時間は貰えていないがね」

「あれまっと……あぁそう言えば姉さん陣営のマネージャーって何人いるんでしたっけ?」

「アタシを入れて8人だよ。各期生2~4期生に2人ずつ。ただ1期生はアタシ1人だけ。それから個人枠の満穂も1人だね」

「! あら満穂のマネさんいつの間に一人立ちを」


 最後の台詞に少しばかり驚く千寿に対し、蛍は「今年からだよ。まだまだ理想に意固地になって色々と空回りしてる所はあるがね。まぁてんやわんやで愉快に頑張ってるよ」と笑みを浮かべながら答える。

 満穂のマネージャーは去年入った新卒の人。しかも大学4年のインターンシップから本人からの強い希望でマネージャーの仕事を手伝いそのまま大学卒業後に入社してマネージャー部門に配属。蛍と共に満穂のマネージャーをしていた筈がいつの間にか独り立ち認定を受けていたようだった。


「とりあえず君等はフェレサ女が乗っ取られかけているとだけ片隅に置いておけばいい。ちなみにこの事は口外してくれるなよ? 所属ライバーの彼女等には大人の事情なんて知らなくていい。特に高校生である満穂には特に」

「ん」

「了解」


 ありがとう、と2人に礼を含んだ笑みを浮かべる。そして蛍は持っていた珈琲を一端置き、胸の前で手を合わせた。


「――さて、アタシからも2人に伝えておかなければならない事があるんだ」


 目を伏せ、改まった様子で千寿と琥珀を見る蛍。その口から放たれた言葉は今日一番の衝撃的なものだった。


「実はね? 少し前に満穂から卒業の相談をされたんだ――」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る