12:真夜中の事情。①

「おや?」

「おかえり」

「おかえりなさい」


 時刻は23時。満穂を家に送り届けた蛍を千寿と琥珀が迎える。


「明日も学校だろうに。寝なくて良いのかい?」

「うん。授業よりも聞かなくちゃいけない話があるのでね」

「そうかい。なら珈琲を頼むよ」

「ん」


 自室にてスーツを脱ぎ、ラフな恰好に着替えている内に千寿は予め沸かしておいたお湯で手早くご所望の珈琲とついでにココア《千寿用》とミルクセーキ琥珀用を淹れる。


「――ふぅ。それで話って?」

「運営元で何かあったので?」

「おや? 裏話はNGじゃなかったのかい?」

「部外者の立場ならね? でももうそうじゃないから」


 フェレサ女のライバーである満穂とユニットを組んだ。だからもう無関係じゃない、と千寿は言う。

 蛍は一瞬目を伏せ、まるで心の整理をするように持っていたマグカップをゆっくり下ろした。


「単刀直入に言わせて貰えばフェレサ女を見る本社の目が変わった事で自由路線からアイドル路線に変わった」

「!」


 本社の目が変わった。それも断言して。故に、やれる事を全てやり尽くした上での台詞なのだと千寿は察する。


「良い機会だ。君等が知りたいであろう話の前にフェレサ女のルーツを話してあげよう。余り話した事なかったし、どうせ琥珀には何を言ってないんだろう?」


 図星で苦笑いを浮かべながら頷く千寿。

 フェレサ女ルーツ。弟の千寿でさえフェレサ女は姉の蛍が作ったとしか認識していない。だからこうして創設者から話を聞くのは初めてである。


「フェレサ女の発足は今から約4年前の8月。でも実際はもっと前からあってね。アタシが大学3年生の秋頃に今居る1期生の2人と一緒にフェレサ女の前身とも呼べる”フェレネコセンチャンネル”ってのを始めたんだよ」

「! あぁ……」

「? どしたお前。そんな遠い目なんてしてよ?」

「ん? いやちょっとね……。思い出したくない記憶が蘇ったなと」

「おやおや。美女JK2人に揉みくちゃにされて良いご身分だったじゃないか」

「んはは。万年平均体重以下。体力測定も平均以下。非力も非力だった小学生の自分には逆らえない恐怖の大王でしたよって。実際、逆らったら大変な目にあったし」

「あぁ実力行使でメイクの実験台にされてたっけね? そんで洋風のお人形さんみたいになって宙づり……いやはやあれは可愛かったなぁ」

「やめて」


 愉快な思い出に恍惚とした笑みを浮かべる蛍に対し、千寿は苦虫を嚙み潰したような不愉快そうな表情を浮かべる。

 変な気を起こされる前に本題に戻るように説得し、”どうしてチャンネルを開設したのか?”という質問を出して誘導した。


「開設のキッカケは……そうさね? 大学3年の夏、カラパレのインターンシップ中にあった吸いニケーションだったかな?」

「あれ? 煙草吸ってましたっけ?」

「嗜む程度だよ。今は1期生との約束で辞めてる。――で、その吸いニケーションで当時出てきたばっかりのVtuberの話題になってだね? 妙に面白そう+偶々吸いニケーションの中にLive2Dがそこそこ扱える社員や人の好奇心を煽てるのが上手いお偉いさんが居た結果、じゃあ実際にやってみようじゃないか! ってなった訳だ」

「おぉ……」

「おぉ!」


 予想外の秘話。そして蛍の運命力の強さと行動力に若干引き気味で驚く千寿と、それに相反して純粋に驚く琥珀。

 1期生との約束とやらも気になったが早々に話の続きが開始された。


「インターンシップ中にLive2Dや配信のイロハを学んだ後、Vtuberの中の人を探していたら1期生の2人――当時高校生だった2人がタイミング良く大学のオープンキャンパスにたまたま来てて、元々2人とは顔見知りだったし運命的なものも感じてスカウトしたら二つ返事でOKを貰えてね? そこの千寿にアタシ達3人分のモデルを描かせてさっきの”フェレネコセンチャンネル”ってのを始めたんだ」

「! 姐さんもVtuberやってたんだ。てっきりマネージャーだと思ってた」

「実はね。でも実際にやってたのは今と変わらず2人のマネージャーだよ。アタシ用のモデルを頼んでたのはあくまで宣伝用・広告用とかの諸々の用途で必要だと思ったから」

「へぇ。ちなみにどんな見た目?」

「ん? ん~――……これ。前の2人が1期生の2人でその後ろに居るのがアタシだよ」

「! おぉ余裕がある若手の経営者って感じでかっけぇな――……ん?」


 まじまじと蛍の携帯電話に映っている画像を見ていると何かに気づいた様子で眉を顰める。

 で、次の琥珀の発言に千寿はその目を大きく見開いた。


「千。これ本当にお前が描いたのか? なんかちげぇような……」

「! 驚いた。良く気付きましたねっと。――確かに描いたのは自分じゃない。別の人。自分は原画を担当したってだけ。ちなみに鯰と鈴鹿もそう。原画は自分で、描き起こしたのは”九々”っていうプロのイラストレーターの方ですよって」

「へぇ」

「ちなみに千寿が描いた原画版はこれだよ」

「! 普通にうめぇじゃん。ここまで描けんなら最後まで仕上げられたんじゃねぇのか?」


 画面を数回スワイプし、黒の線だけで描かれた原画を見せられては思わずそう言う琥珀。それに対して千寿は首を横に振った。


「自分が描けるのはそこが限界なんですよて。如何せん長く綺麗な曲線が描けんのです。それから色とか諸々。それにまぁ……自分の落書きをちゃんとした絵に描き起こしてくれる人が居たのでね? 自分で練習せずに甘えてた結果、自分は此処までなんですよって」

「へぇそか。なんか勿体ねぇな。今からでも練習しねーのか?」


 勿体ないと言ってくれる琥珀に「長い時間絵を描くと薬中みたいに腕が振るえるのでね」と冗談交じりに言い、千寿はまだ半分もあったココアを飲み干した。

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