05:~後編~Vtuberの裏事情。
「――よし。
あの後、石垣千寿は”Vtuberとは何ぞや?”と訳も分からぬ状態の瑠璃山琥珀に姉の衣服を渡して風呂場へと誘導。彼女がシャワーを浴びている内に姉のパソコンからあるデータを引っ張り出しては諸々の準備を済ませる。
「まさかこの子を表舞台に出す事になろうとは、ね」
メインモニターの画面にはもう1人の自分である《鯰》――ではなく、映っているのは着物を纏い羽衣を羽織った1体の鬼。
右目に熱した刃物で斬られた様な禍々しい傷痕があるにも関わらず"この傷痕あっての今の自分"と言わんばかりの自信満々の顔付きが美意識を駆り立てる。
そんな妖らしい妖艶な鬼の立ち絵イラストを千寿は約1年ぶりに拝み、更には結婚の挨拶をしてきた我が子を見送る親の如く感慨深げに見た。
これは妖怪シリーズ。とある事情から日の出を見る事が無くSSDに封印されていた立ち絵イラストの内の1つ。
名は
「やっぱり瑠璃山さんに合いそう。声も。想像できるキャラクター性も」
画面に映る鈴鹿を見て、自分の表情に合わせて変化する鈴鹿の表情を見て、かつてのこのキャラクターをデザインした時の気持ちを思い返して、やはりこの鈴鹿に瑠璃山琥珀は合うと。なんだったら始めから瑠璃山琥珀の為にデザインされたキャラクターだと思ってしまう程にベストマッチしていた。
「なら後は魂を入れなきゃね」
(それが親心。生み出した親の務めですよって。それにこんな絶好のチャンスもうないかもしれないし、ね)
表舞台に出してあげたい。きっとこれが姉の言っていた縁だと思って千寿は画面を操作し、
――で、かれこれ15分後。お風呂に入ってから約60分後にお待ちかねの瑠璃山琥珀が髪を乾かした状態で風呂場から出てくる。
「久々の湯船はどうでした?」
「外側どころか内側まで、五臓六腑にまで染みた。――んっ……んっ……ふぅ……」
ペットボトルの水を渡し、その減り具合が彼女の今の感想を体現。
一度で半分以上を飲んだ。余程肩まで浸かれる風呂に飢えていたと見える。
「それで? オレは今から何をやらされるんだ?」
「ん。こちらへどうぞ」
千寿は自室に彼女を招き入れる。そしたら思っていた部屋と違っていたようで、
「何で部屋の中に部屋が有んだ? しかもネカフェのカップル席並みの大きさのやつ。テメェ姉と一緒に住んでるって言ってたが、もしかしてあれしか部屋貰えてねぇのか?」
「いや違う違う――けども、寧ろあそこが一番大事な部屋ですよって。自分にとっても。自分達にとっても」
「あ、オレも? もしかしてあの部屋でさっき言ってたブイランバー? ってやつをやんのか?」
「そうそうVtuber。――中はこんな感じねっと」
部屋の中の部屋、所謂”防音室”のドアを開ける。その中は勿論我々Vtuberの主戦場とも呼べる配信部屋だ。
「な、なんだ? 如何にも学校の放送室を自作しましたって感じの部屋は」
「あらあら。放送室の中を見た事があると?」
「小学生ん時に一度だけな。もしかしてブイチューバ―ってのはラジオか?」
「ん~惜しい! でも今はそれくらいの認識で良いですよって」
(強ち間違って無いと思うし)
Vtuberとラジオ番組の違い。大まかに言うなれば耳だけで楽しむか、目と耳その両方を使って楽しむかに当たると思う。あとリアルタイムのコメント拾いや投げ銭と呼ばれるスーパーチャット。
ただ番組を持ってると言う指摘は概ね正しい。そう思いながら一旦防音室の部屋を閉める。此処からはちょっとリアルの方の話が入るから。
「問題です。ラジオで一番やってはいけない事は?」
「あ? そりゃあ誹謗中傷じゃね?」
「プチ正解。正解は個人情報を言う事です」
「個人情報?」
「そうそう。ラジオでも中の人達が自身の住所や本名なんかの個人情報を言ったりはしないでしょう? 特に自分達はまだまだ青二才の高校生。うっかり住所や通ってる学校名を言ったら警察に補導されるより面倒くさい事になると思って。特に瑠璃山さんは現役の女子高生なので本当に気を付けて。下手をすれば襲ってきた猿の再婚相手みたいな人達が絶え間なく付き纏ってくるから」
「あ、あぁ……」
身バレ駄目! 絶対に!! と圧を込めてまで警告を発する。
なにせ千寿は身バレの恐ろしさを近い立場から知っているから。Vtuberグループである聖フェリス☥テレサ女子大学附属学院のとあるライバーさんがうっかり現実の方で通ってる学校名を洩らしてしまったが故に大変な騒動になった事を一般人以上に知っている。
結局そのライバーは身バレした学校を転校し、ショックでライバーも辞めてしまった。
「――はい。とりあえずこの紙に書かれた事項は必ず守る事」
机からA4の紙を一枚取り出し、先程の禁止事項や意識して欲しい事、配信部屋では千寿の事を”鯰”と呼ぶなどを書き綴ったものを瑠璃山琥珀に渡す。
※本来ならA4一枚じゃ足りないが、まぁ今回は大丈夫。
「じゃ! 今からやって貰う事があるから早速中へ――と、念の為もう一回言うけどこの中ではその紙に書かれた事項は必ず守る事! うっかり本名なんかを言わないように!!」
「お、おう……」
念を押されつつ、千寿に誘導されながら配信部屋へ。初めて座るであろうゲーミングチェアに恐る恐る腰を下ろす琥珀。
で、目の前のメインモニターに映し出されている”鈴鹿”を気にしながら千寿に先導されながらゲーミングチェアの高さを目視で微調整する。
「よしおし。じゃあこのままモニターを見ながら身体を揺らしたり首を左右に振ってみて」
「え? あ、あぁ……!! オレと一緒に絵が動いてる!?」
「良い反応。表情もちょっと驚いてる風でしょう?」
「た、確かに! す、すげぇ……けど変な気分だ。画面の向こうで絵がオレの口や揺れを真似てきやがる」
「っ、まぁ! そのうち慣れますよって」
Vtuber文明が普及したばかりの頃の一般人の様な反応。今では中々見られない反応に千寿は内心一人で喜んで、更には同じ感想を抱いているであろう事が分かる多数の
(まだだ……まだ笑うな。堪えるんだ! 最高の取れ高の瞬間はもうじきじゃないか……ッ!? し、しかしっ?)
「ん? んだよテメェ? 背後でニヤニヤすんなよ気持ちわりぃ。視線で背筋を撫で回されるみたいな不安感があるからやめろ」
「あ、はい。ごめんなさい、以後気を付けます」
「あぁ頼む。――で、オレはこれから何をすれば良いんだ?」
「ん。ちょいと失礼……」
そう言って千寿はパソコンを操作して【startup】と明記された空欄だらけのノートページを
「今日からこの子は貴女のものです。名は”鈴鹿”。貴女の大切な商売道具であり、最も身近な相棒以上の存在となる子ですよって」
「! これをオレに? 良いのか? オタク文化には疎いが、これってそれなりの金や努力が掛けられているんじゃないのか?」
「どもです。でも良いですよって。全然ね。――で、名前と誕生日以外は空欄なので、今日はこれを練習がてら色々と声に出しながら埋めていきましょう。勿論さっき渡した
「お、おう。分かった」
「次に――……あった。これも読んでおいて。この部屋の事が書かれてあるから」
「ん? ん。一応読んどく」
「はいあい。あと……ちょっと五月蠅くしますよって」
購入した時に貰ったこの配信部屋の詳細が分かる資料を渡してから、予備の携帯電話でアラームを鳴らして一旦配信部屋の外へ出てドアを閉める。
その数秒後、アラームを鳴らしっぱで再度配信部屋へと入りこの部屋の防音性を実感してもらった。
「学校の音楽室よりも防音性があるから――はいこれを。ディスプコードってアプリに自分と姉さんの連絡先が入ってます。何かあったらチャットなり電話なりを飛ばして。こっちもそのアプリを通してこの部屋に入る~とかの連絡をしますので」
「ん。このコントローラーみたいなアイコンのやつか」
只今、瑠璃山琥珀のマイ携帯は充電が0%だった為にリビングにて充電中。なので予備のを貸す。
これで全ての下準備は完了した。あとは千寿がこの配信部屋から出て行けば楽しい時間が始まる。
「じゃあ初めての配信……や、準備配信作業――頑張って。
「? あぁ」
見守るも何もドアの小窓からか? とそんな感想を持ってそうな顔を浮かべる瑠璃山琥珀。そんな彼女に見送られながら姉譲りの湿度が高そうな笑み浮かべて配信部屋から退出したのだった。
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