ゴブリンはコボルト商人に気に入られました
「死ぬかと思った……」
足場のある範囲から尻尾が完全に出ていたオルケは崖を進んでいる間生きた心地がしなかった。
なんとか渡り切ったものの極度の緊張で体はガチガチになっていた。
激しい運動をしたわけでもないのにオルケは足がプルプルとしていた。
「……少し休むか」
流石にドゥゼアも疲労が大きい。
このまま進んでいくのは集中力の問題で危険だし、お腹の具合を見るにもう外は夜になっているかもしれないと思った。
干し肉をかじり硬いパンを噛み砕く。
焚き火料理が美味いとは言わないがそれでも温かいだけでメシは多少美味く感じられる。
不思議な遺跡の中にいるので木の枝もなく焚き火を炊くこともできない。
あるものをそのまま食べるしかない。
「デカーヌはどうだ?」
「……そういえばかなり近づいた感じがします。かなり近いです」
「じゃあもうすぐデカーヌとやらに会えるんだな」
近いということはこの先に何かが待ち受けていてそこで足止めを食らっているのだろう。
より気を引き締めねばならないなとドゥゼアは思った。
「少し寝よう」
時間の感覚も分からず、崖を渡ってきたという高揚感で眠くもないけれど通常の時間を意識して行動しないと気付かぬ間に体は疲弊してしまう。
たとえ眠れないように思えてもここは寝て体を休めておく。
食事をとる時間も何も起きなかったので罠や危ないことがある危険も少ないと判断した。
けれども完全に危険がないと断定することもできない。
一応交代で見張りをして寝ることになった。
「ドゥゼアさん……」
「なんだ?」
図太いレビスとユリディカはこんな状況でもあっという間に眠りに落ちてしまった。
オルケはしばらくゴロゴロとして眠れない様子だったけれど崖渡りで疲れていたのかそのうちに眠ってしまっていた。
ドッゴも分かりにくいけれどいつしか眠り、気づけば起きているのは眠れないカワーヌと見張りをしているドゥゼアだけとなっていた。
落ちかけたというところで興奮しているのかもしれないし、近くに感じるデカーヌの気配に焦りを感じているからかもしれない。
目をつぶっても一切眠気が襲ってこなくてカワーヌはなんとも言えない気分になっていた。
「こんなところまで……ありがとうございます」
危険な場所だと分かっていた。
だから来てくれて申し訳ないなと思うと同時にこんなふうに助けてくれて色々とリードしてくれるのはとても助かった。
カワーヌとドッゴだけだったならここよりもはるか前の罠で死んでいた。
仮に罠をうまく乗り越えても崖から落ちていたかもしれない。
申し訳なさよりも感謝の気持ちが大きかった。
「礼を言うのはデカーヌを助けて無事に帰れてからにしろ。それにちゃんとお礼をもらうつもりだ」
「……分かってます。それでも助けてくれたのはドゥゼアさんだけですから」
「頑張ってるやつってのは応援してやりたいからな」
デカーヌは功を焦って自ら危険に飛び込んでいった愚かさはあるけれど気持ちは理解もできなくない。
バカにされる、見下されるということは重たく心に影を落とす。
見返してやりたいと思うことも当然でやり方やリスクの大きさが今回は見合っていないだけで、反骨心を持って努力するデカーヌのことは嫌いではない。
カワーヌだって気弱に見えながらも最後まで諦めないでいる。
デカーヌを見捨てることはしないで、人の言葉を話せないのに冒険者ギルドで人を集めてデカーヌを探しに行こうとしていたなど行動力がある。
頑張るやつは嫌いじゃない。
他者を頼れるやつは応援したくなる。
ここまで来るのにもなんだかんだといろんな奴を助けてきた。
それで得られたこともあるが危険な目にも遭ってきた。
安全に生きていくならば他の魔物を助けている暇なんてものもないのに。
どう頑張っても捨てきれないドゥゼアの人間としてのものがこれなのかもしれないと今ふと思った。
「ゴブリンってみんなドゥゼアさんみたいなんですか?」
「そんなわけないだろ」
ゴブリンがみんなドゥゼアみたいだったら今頃世界はゴブリンのものになっていたかもしれない。
ドゥゼアもレビスもゴブリンにしてはかなり特殊なゴブリンである。
ただカワーヌもコボルトにしては特殊個体である。
「ドゥゼアさんは何のために冒険しているんですか?」
「目的があるのさ。普通なら不可能で、ゴブリンが挑むことじゃないけど俺がやらなきゃいけないことがある」
明かりの魔道具を見つめるドゥゼアの顔をカワーヌは見た。
ゴブリンの顔というものは知性を感じさせないのだけどドゥゼアの目には強い意思と理性的な知性を感じさせる。
「もしデカーヌさんを助けてくれたら僕はあなたに全てを捧げます。……今はまだあげられるものは少ないですけど何もかもドゥゼアさんが手にできる商人になってみせます。僕自身も……」
「まあ期待はしてる」
魔人商人に恩を売っておけるというのはありがたい。
努力してやる気のデカーヌとカワーヌなら今回のことを乗り越えれば良い商人になれるはずだと思う。
「とりあえず寝ろ。俺が見ててやるから」
「……ありがとうございます」
ドゥゼアがいる。
そのことがカワーヌの心を軽くする。
少し話して気分も落ち着いてきた。
カワーヌが目を閉じてゆっくりと呼吸をくりかえているといつの間にか意識は眠りの中に沈んでいったのであった。
『優しいな』
「いつか俺の作る群れに商人が欲しいだけさ」
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