ゴブリンは成長します4

「誰だ!」


 声がした。

 ユリディカやオルケ、レビスのものではない。


 側にあった短剣を手に取ってドゥゼアは周りをキョロキョロと警戒する。

 しかし洞窟内には他の魔物の姿はない。


 少し遅れてユリディカとオルケも立ち上がり、レビスを守るように布陣する。


「声がしたよな?」


「うん、聞こえた」


「私も聞きました」


 一瞬自分の聞き間違いかとユリディカとオルケに聞いてみたらちゃんと勘違いではなくユリディカとオルケも不思議な声を聞いていた。


「出てこい!」


 声はどこから聞こえたが定かではないが近かった。

 それなのに姿も見えない。


 ユリディカの鼻やミミにも反応がない。

 ドゥゼアの目を誤魔化すならともかくユリディカの五感を誤魔化すのは容易ではない。


 敵だとしたら相当な能力。


「ここだよ」


「な、なにあれ?」


 ドゥゼアたちが一斉に声の聞こえた方に視線を向けた。

 そこにあったのは湧き出ている澄んだ水。


 水面が揺れた。

 何もしていないのに波紋が広がる。


 水が盛り上がっていく。

 盛り上がった水は徐々に形を変えていき、人のような形を成した。


「水の精霊だな」


 警戒を解かずにドゥゼアは人型になった水を睨みつける。

 その正体は水の精霊と呼ばれるものであった。


 清らかな水に宿るとされる存在。

 人でない以上魔物に分類はされるが魔物ともまた違うような不思議な存在でもある。


 基本的に他に対して敵対的な魔物ではないけれど精霊の怒りを買うとかなり驚異的な敵となる。

 攻撃してこないので敵対関係にはないと思うけれど何がきっかけで敵になるか分からない。


 普通はこのように積極的に姿を現してくるものじゃないので何か目的があるのだと考えられる。

 脳裏に水をゴクゴクと飲んでしまっていたことが思い出される。


 もしそうした行為が精霊の住処を荒らしていると思われれば敵になってしまうことだってあり得るのだ。


「何の用だ?」


 このタイミングで姿を現した目的を尋ねる。

 出ていけというのなら大人しく出て行くつもりはある。


「その子」


 水の精霊がスッと手を伸ばしてレビスを指差した。


「レビスがどうかしたか?」


「その子、大丈夫だよ」


「なに?」


「体の魔力乱れてた。

 でも今は落ち着いてきてる」


「レビスの状態が分かるのか?」


「うん。

 もうすぐ目を覚ます。

 大丈夫」


「警戒を解くんだ。

 教えてくれて感謝する。


 心配していたところだからな」


「うん!」


 透き通った水で形作られているので分かりにくいが水の精霊がニコリと笑った。

 どうやら敵対するつもりはないようなのでドゥゼアたちは警戒を解く。


「そのことを教えてくれるためにわざわざ出てきてくれたのか?」


「ううん、違うよ」


「なら何の用だ?」


「んん……」


 滅多に人前に姿を現さない精霊が出てきた。

 レビスの無事を教えてくれたことはありがたいがドゥゼアもそのためだけに出てきたのだと考えるほど純粋でもない。


 しかしその時レビスの意識が戻った。


「レビス!」


「レビスゥ!

 良かったぁ!」


「これで一安心ですね」


「あれ……?

 みんな?」


「目を覚ましたか?」


「何が……」


 ぼんやりとした目のレビスは上体を起き上がらせた。

 そしてそのまま視線を落とすとその手には気を失う前に持っていた槍があった。


 正確には槍だったもの。

 レビスの手によって大きくひしゃげてしまい、もはや槍ではなく不思議な美術品のような形になっていた。


「……レビス?

 れ、レビス、どうした!?」


 ジーッと槍だったものを眺めていたレビスの目から突然大粒の涙が溢れ始めた。

 みんなが慌てる。


 どこか痛いのかとか、何か変なところがあるのかとかアワアワとする。

 感情の起伏が激しくないレビスがボロ泣きしているものだから非常に心配である。


 どこか放心状態なレビスにとりあえず声をかけ続ける。


「……に……った……」


「えっ?」


「これ……ドゥゼアにもらった……槍……」


 レビスが泣いている理由。

 それは槍が見るも無惨な状態になってしまっているからであった。


 ドゥゼアがレビスのためにと選んでくれた槍。

 これまでずっと一緒に旅をしてきた相棒だった。


 それが曲がってしまっていてレビスはとても大きなショックを受けていた。

 思わず号泣してしまうほどに。


 なんでこんな状態になってしまったのか分からないのもまた悲しさに拍車をかけていた。


「そういうことか……」


 レビスの体が不調なのではなくてドゥゼアは少し安心した。

 しかし未だにハラハラと涙を流しているレビスになんと声をかければいいのかは問題である。


「レビス」


 ドゥゼアは両手でレビスの頬を挟み込み顔を上げさせる。


「体は大丈夫なのか?」


 ドゥゼアの顔が近くにあるとレビスもようやく気づいた。


「う、うん、大丈夫……」


「お前は3日も寝ていたんだ」


「えっ?」


「みんな心配したんだぞ」


 レビスがユリディカに目を向けるとユリディカは大きくうなずいてドゥゼアの話に同意する。


「槍のことは……残念だったかもしれない。

 でもお前が無事で、こうしてまた目を覚ましてくれて良かったよ」


 優しい声色。

 自分がどんな状態だったのかレビスはようやく少し理解した。

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