ゴブリンはスケルトンナイトと鍛錬します5

「いいんです。

 ご無理はできませんから。


 それに……思い出しました」


「思い出した?」


「あの人の、コイチャの顔をです」


 ピュアンとコイチャが死んでから長い時間が経っている。

 生きているとも言えないただ存在するだけのような時間をピュアンは過ごしていた。


 生きていた頃の幸せな記憶を忘れるはずがない。

 だけど知らず知らずのうちにピュアンの記憶も異常な状況にむしばまれていた。


 魔物になったコイチャのことをコイチャであると分かる。

 なのに顔が思い出せなくなっていた。


 コイチャと経験したさまざまな出来事は思い出せる。

 なのに顔にモヤがかかったようで、思い出そうとするのに顔が分からないのである。


 だけど思い出した。


「コイチャは色々な人に慕われていました。

 部下の騎士も彼のことを尊敬して、皆さんのように教えを乞うて手合わせを挑むこともありました」


 ドゥゼアたちがコイチャに挑む姿を見て、生前コイチャが若い騎士を指導している姿が思い浮かんだ。

 コイチャは人に教えるのも上手で暇があれば誰かに剣を指導している姿を見ていた。


 時に厳しく容赦なく、それでいながら根気強く付き合ってくれるコイチャのことを師や先生とあおぐ人たちの真ん中にいた。

 戦うコイチャの顔が思い出された。


「そして彼はどこまでも優しかった」


 聖女たる重責は辛かった。

 押し潰されそうになった時もあったけれどピュアンの側にはコイチャがいた。


 騎士であってピュアンに手を出すことが御法度であるコイチャは超えちゃいけない線を守りながらも優しかった。

 ダメですよと言いながらも泣きそうな顔をして頭を寄せてきたピュアンに対してコイチャは困ったよう笑いながら受け入れてくれたことを思い出した。


 コイチャの目は優しくて、心まで守られていたのである。

 戦いの戦火に巻き込まれて一種の魔物に身を落として、いつの間にか記憶すら失いかけていた。


「あのままただ倒されていたら私は二度と彼の顔を思い出せなくなっていたかもしれません」


 実際にコイチャには若い相手を指導しているつもりなんてないのだろう。

 けれど丁寧に戦う姿を見ていると生前のコイチャの姿が思い出されて、スケルトンの姿ではなく生きている姿が重なって見えてきた。


 きっとコイチャも喜ぶだろうと思った。

 死んで魔物になっても、その実力を認めて、少しでも教えを乞うてきてくれる相手がいる。


 魔物としてじゃないコイチャとしての姿を思い起こさせるような誇り高さが最後まであったのだ。


「ありがとうございます。

 ……もっとあの人から学んでください。


 コイチャが最後に遺したものが皆さんの中に残れば嬉しいです」


「そう言ってもらえるとこちらとしても助かるよ。

 ……愛していたんだな」


「とても……聖女の権力を悪用するほどに」


「少しコイチャの話を聞かせてくれないか?

 どうにも目が冴えてしまった」


「いいですよ。

 彼はとても堅物な人だったんです……」


 どうしてだろう。

 少し前までコイチャとの記憶すら曖昧になっていきそうで怖かったのに今では全てのことが思い出せそうなほど簡単にコイチャのことが思い浮かぶ。


 初めて出会った時のこと、全てを投げ出したいと打ち明けた時のこと、自分から唇を重ねた時のこと、そして最後まで自分を守ろうとしてくれた背中まで。

 出来るだけ語ろう。


 カッコよく。

 コイチャの姿が少しでもドゥゼアの記憶に残ってくれればいい。


 語るような優しい口調でコイチャのことをドゥゼアに話す。

 心残りはたくさんある。


 やりたいことも、やってみたかったこともたくさんあった。

 でもコイチャとの時間は幸せだった。


 穏やかで幸せに満ちたピュアンの声を聞きながらドゥゼアはいつの間にか眠りの中に落ちていってしまっていたのであった。

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