ゴブリンはスケルトンナイトと鍛錬します1
スケルトンナイト渓谷。
昔はもっと他の呼び方もあったのだけど人の往来がなくなり、とある特徴が長らく続くようになってからはもう本来の名前は忘れ去られてこう呼ばれている。
他の呼び方があった時のうちには川も流れていて緑豊かな地であったこともあったが今は草も少ない荒野となっている。
渓谷が1番深く、狭くなっているところにそれはいた。
「コイチャ……」
ボロボロになった剣を片手に渓谷の真ん中に立ち尽くすスケルトンが立っていた。
服も鎧もなく体の骨は切られた跡や欠けたところがある。
スケルトンがコイチャだということも、どうしてあそこに立って人の往来を阻んでいるのかということも知っている人はいない。
けれどまるで何かを守るように、そしてその所作のどこかに誇り高き騎士を感じさせる。
そのために人々いつしかコイチャをスケルトンナイトと呼び、この渓谷をスケルトンナイト渓谷と呼び始めたのである。
今となっては逃げれば追ってこないコイチャの性質を活かして実戦的な戦いの練習としてもコイチャは利用されていた。
もはやスケルトンとしてもボロボロの姿になってもコイチャはピュアンを守るために渓谷に立ちはだかっている。
涙も出ない体なのが恨めしく思うほど悲しみがピュアンの胸を埋め尽くす。
痛ましい。
愛は感じるが愛する人がそのような姿になって喜ぶものがいるだろうか。
真上に登った太陽がジリつくような日差しを降り注がせてやや暑いように感じさせるがコイチャは身じろぎひとつしない。
「バイジェルン、周りの警戒を頼む」
「まーかさーれたーである」
ここもまた隠れる場所がない。
人に見つかれば致命的なので人に見つかりにくいバイジェルンに人が来ないように見張りをお願いする。
バイジェルンの機動力と隠密性は意外と役に立つ。
「さて……まずは俺が挑んでみる。
みんなは少し離れていてくれ」
手加減もせず最後まで戦えばもちろん死ぬことはあるので完全に安全な戦いではないけれど引き際を見誤らなければちゃんと撤退できる。
色んな冒険者が挑んでやられてきたのだろうから勝てるとは思っていないが比較的安全に戦える相手は珍しい。
コイチャの様子を確かめながら自分がどこまで動けるか確かめてもいいだろう。
ドゥゼアは短剣を抜かずコイチャのところに向かっていく。
地面には横に深く線が刻んである。
何かと思っていたがその線を越えた瞬間コイチャが動き出した。
どうやらコイチャが動き出すラインを示していたようである。
ドゥゼアの方を向いたような感じになったがまだ襲いかかってくる雰囲気ではない。
剣を抜いていないのがいいのかもしれない。
慎重にもう少しコイチャと距離を詰める。
わずかに剣を持つ手が上がる。
ここら辺が本格的な死の線だとドゥゼアは察した。
踏み出しかけた足を戻す。
背筋を伸ばしてコイチャを見据えるとゆっくりと頭を下げ始めた。
コイチャは騎士のように丁寧な相手には丁寧に対応してくれるらしい。
本来ならギリギリまで追ってくるところを負けた後の追撃が緩やかになるとバイジェルンは言っていた。
ドゥゼアに返すようにコイチャも頭を下げた。
人の噂を盗み聞きして得られた情報であるのでどこまで信憑性があるのか疑いはあるけれどある程度は本当みたいである。
ドゥゼアは騎士の礼儀作法なんてもの知らない。
人であった時も騎士ではなかったし礼儀を重んじるような人ではなかった。
「俺はドゥゼアだ。
あんたを倒すつもりで来たが……今は少し手合わせを願いたい」
だが大切なのは正しい礼儀作法なのではない。
相手を尊重し、それを態度で示すことが礼儀なのである。
短剣を抜いて構えるとコイチャも剣を構える。
「いくぞ!」
ユリディカの強化もなくドゥゼアはコイチャに向かって駆け出す。
体勢を低く素早くコイチャと距離を詰める。
突き出されたドゥゼアの短剣をコイチャは剣で受ける。
防がれることは予想していたのですぐに剣を引いて何度も切りつける。
コイチャも丁寧に攻撃を防いでみせて反撃に剣を繰り出す。
「グッ!」
ドゥゼアの一撃はコイチャのことを揺らがせることもできなかったがコイチャの一撃はドゥゼアの短剣を大きく弾き飛ばした。
思わず短剣を手放してしまいそうになったが何とか持ち堪えた。
しかし腕ごと弾かれてしまって大きく胸を開ける体勢になる。
「ドゥゼア!」
「危ない!」
体が流れたドゥゼアにコイチャは剣を振り下ろした。
レビスとユリディカがドゥゼアの危機的状況に声を上げる。
「ふっ!」
これぐらいで諦めるドゥゼアでない。
体を捻って剣をかわし、そのまま一回転して短剣を叩き込む。
コイチャもなんとか短剣を防いだけれどわずかにタイミングが遅くて刃先が肋骨に食い込む。
人の姿だったのならダメージを与えたと言えるがスケルトン相手には単なる傷でしかない。
それ以上短剣を押し切れることはなく押し返されてドゥゼアは距離を取って下がる。
「やっぱり正面から切り合うのは難しいな……」
スケルトンは人に比べるとかなり力は弱くなる。
しかしそれでもゴブリンよりは強い。
さらにスケルトンにも個体差というものがあって中には強い魔力を宿していて生前と遜色ない力を発揮するスケルトンもいる。
コイチャはおそらく魔力も強い。
ここまで倒されずに残っていたので予想はしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます