ゴブリンはアンデッドの所に向かいます5

 避けるなら逆の右。

 けれどおそらく相手もそれを分かっている。


 ほんの一瞬でレビスは考えた。

 レビスの思考は早い。


 まだまだ経験不足で正しく判断は下せていないことも多いのだけど不思議なことにまるで時間でもゆっくりになったように周りが見え、短い時間に考えが頭の中を巡っていた。

 ドゥゼアにも出来ないような思考力の早さ。


 引くという選択肢もない。

 レビスは前に出た。


 体勢を低くして飛び掛かってきているウルフの下をくぐり抜ける。

 振り返りながら槍を突き出す。


 レビスもユリディカの強化を受けている。

 想像よりも力強く突き出された槍はウルフのケツに突き刺さった。


「どりゃあー!」


 激痛がウルフの体に走る。

 そこにユリディカが大きく飛び上がってウルフに襲いかかった。


 右手を振り下ろしてウルフの腹を切り裂く。


「……強いです」


「ふっふっふっ、そうであーる」


「……えいっ!」


「な、なにするである!」


 ウルフ5匹をあっという間に倒してしまった。

 ワーウルフでも5匹のウルフに囲まれたら辛いだろう。


 通常ならゴブリンがそれに加わったところでも物の数にはならない。

 けれどドゥゼアたちはウルフを倒してしまった。


 驚かずにはいられない。

 なぜかバイジェルンがちょっとだけ誇らしげにしてるのはムカつくのでギュッと上から前足で押さえる。


「出来たよ!」


 キャッキャッと嬉しがるユリディカ。

 ウルフに勝ったことよりも出来なかった強化ができたことが嬉しい。


「こうだ!」


 ユリディカの左手のチクートが光る。

 するとドゥゼアの体が強化される。


 一回で十分。

 ドゥゼアの予想通りだった。


 自分のある程度の意識の中で一度でも力を使えてしまえばあとはユリディカならいけるだろうと思っていた。


「じゃあ……こうだ!」


 今度は右手をレビスに向ける。

 左手の時よりも優しい光がチクートを包み込み、レビスの頬にも同じようなぽわっとした光が発生した。


 ウルフの攻撃を巧みにかわしたレビスだったのだけどほんのわずかにかわしきれなくて爪が頬をかすめてしまった。

 小さな切り傷ができていた。


 放っておいてもすぐに塞がる傷だったのだけど光に包まれた傷は瞬く間に塞がって治ってしまった。


「うにょー!

 マスターしたぞー!」


「まだまだ使えるようになったばっかりです!」


 ちょっと出来たから調子に乗り始めたユリディカの頭にピュアンが飛び乗った。

 力が使えることは始まりにすぎない。


「そうなの?」


「力は使えるだけでなく自分の意思でしっかりと操れてこそです。

 ユリディカさんはスタートラインに立ったに過ぎません。


 ここから清く正しく力を使えて初めてマスターしたと言えるんです」


 その意見にはドゥゼアも賛成だ。

 扱えただけでマスターしたなどと言えるものなどない。


 癒しと強化の力は比較的使いやすいのだろうけどその力の使い方には幅もあるはずだ。


「それにあれではいけません」


「なんでぇ?」


「どう見ても込める力と発動している力に差がありすぎます。

 効率よく力を使わないと……」


「はれぇ?」


 グラリとユリディカの体が揺れた。

 視界が歪んでピュアンの声が水の中にでもいるように聞こえる。


「ほら……わずかな時間ですが慣れない力の使い過ぎになります」


「ドゥゼアがたくさん見えるぅ」


 世界がグルグルと回るような感覚になってユリディカはドサリと倒れた。

 ユリディカはただ力を使えただけ。


 正しく使えなかった強化の力はドゥゼアとレビスに大きな強化を与えたけれどユリディカの魔力をあっという間に持っていってしまったのだ。

 魔力切れ、あるいは魔力欠乏による魔力酔いと呼ばれる症状がユリディカに出ていた。


「どうしたらいいの〜?」


 自分の体が自分じゃないようでユリディカは困惑する。

 立ちあがろうにも体に力が入らない。


「人ならポーションとか飲むんですけどそんなものここにはありませんしね。

 お休みして魔力が回復するのを待つしかありません」


「ユリディカ、眠るといい」


「寝る……うん」


 魔力切れが原因なのだから魔力を補充してやればいい。

 人間ならばポーションを飲むという方法で魔力を補充出来るのだけど魔物であるドゥゼアたちはそんなもの持っていない。


 過去に荷物を漁った冒険者たちもポーションは持っていたりしたがそんなに長持ちするものでもなくて腐っていたので持って来なかった。

 ならば休むしかない。


 休んで魔力が自然と回復するのを待つしか方法はないのである。


「ドゥゼアぁ……」


「なんだ?」


「頑張ったから頭撫でて……」


「分かった」


 奇妙で気持ち悪い感覚に不安を覚えたユリディカはドゥゼアに甘えた声を出す。

 ドゥゼアがそばに居てくれるなら安心だ。


 頑張ったことは事実である。

 なのでドゥゼアも大人しくユリディカの頭を撫でてやる。


 ユリディカの頭の毛は柔らかいので撫でているドゥゼアも気持ちがいい。


「おいで」


 ドゥゼアは声を抑えてレビスも呼ぶ。

 そしてレビスの頭も撫でてやる。


 レビスだって頑張ったのだ少しぐらいご褒美があってもいい。


「ほんとイケゴブリンですね……」


 醜悪と言われることも多いゴブリン。

 しかしドゥゼアを見ていると何となくそのようなイメージからは離れているなとピュアンは思った。

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