ゴブリンは猫の話を聞きます2
宗教の違いから戦争が起こることはドゥゼアも理解するけど問題はその戦争が起きたことをこの石造の不思議な猫がなぜ知っているのかだ。
元々人だったとはどういうことなのか。
「降伏しても待ち受けるのは辛い隷属。
そのために戦いに敗北しても私たちは抵抗を続けました。
戦って、逃げて、また戦って……しかしとうとう私たちも追い詰められてしまいました。
私はその時に大怪我を負いました。
とても助からないような大怪我で、このまま国が滅びて全てが失われるのもアリドナラル様のことも忘れ去られていくのもさせてはならないと薄れゆく意識の中に思いました。
そしたらこうなっていました」
「こうなってたって……」
「死ぬ直前に近くにあった石像に私の魂が乗り移ったようです」
その理由も、何があっても魂が乗り移ったのかもピュアンには分からない。
けれどこれは神の導きだったのではないかと考えた。
石像の体は脆く、力も弱い。
何もなし得ない体であるけれど知識は残っている。
しかし石像の猫の体で人の前に現れても言葉が通じなかった。
人に聞こえる言葉としてはニャー、一応魔物としての扱いであるようだった。
とりあえず敵意もなくこのような容姿なので敵対されることは少なくてどうにか生き延びてくることができたけれどピュアンは失意の底にいた。
何をしたらいいのか目的を失い、体の消耗を避けるためにひたすら目立たぬ場所で大人しくしていた。
「そして少し前に久々に神のお声を聞いたのです。
私の導きが必要な子がいると。
そのために私はここまで走ってきました」
偶然、あるいは必然。
どちらなのか誰にも分からないけれどアリドナラルの力を扱えた聖女だったピュアンは石像に魂を宿して生き延びた。
そして遥かに時が流れた今、力を受け継いだユリディカにその力の使い方を教えるように使命を受けたのである。
「あなたが力を受け継いだのですね」
ピュアンにはユリディカが力を受け継いだことが分かっていた。
ユリディカから慣れ親しんだ力を感じるからだ。
「……ここから無事出てきたということは神物もあったと思うのですが?」
「あの杖か?」
「そうです!
あれはアリドナラル様のお力が宿ったとても大切な……」
「じゃーん!」
ユリディカがバングルに意識を集中させるとバングルが淡く光って形を変え始める。
そしてまたユリディカの手を覆う鉤爪になる。
「なんですか……この力、まさか」
「あれが杖だったものだ」
「ええええええっ!?」
面影すらない鉤爪の形になった杖を見てピュアンが愕然とする。
全くもって予想外の形態変化に理解が追いついていない。
確かに杖がいきなり鉤爪になりましたなんて目の前で見ていなきゃ理解もできない話である。
しかし鉤爪から感じる神聖な力は神物である杖と同じものだとピュアンは感じている。
だから余計に信じがたい。
「たぶん持ち主に合わせて形を変えてくれたんだろうな」
人ならどんな人でも杖で不都合なことは少ない。
そうした力を受け継ぐ人は魔法を使うようなタイプで直接前に出て戦う人じゃないだろうから。
しかし魔物であるユリディカが杖を抱えているのはなんともおかしな話である。
さらにはユリディカは前に出て戦うタイプでもある。
神の計らいなのか、杖が持っていた秘められたる機能なのかともかく持ち主に合わせて形を変えたのである。
予想だにしなかった武器スタイルの変貌にピュアンはしばらくショックを受けていたけれどやがて持ち主が変わった以上杖も変化しなければならないことに理解を示した。
杖であった時よりも持ち主であるユリディカと一体になっているので盗まれなくてもいいなどと前向きに考えた。
「とりあえず、だ。
ユリディカに力の使い方を教えてくれるのか?」
「ユ、ユリディカさんというのですね……」
ピュアンはユリディカがユリディカという立派な名前を持っていることに驚いた。
魔物はよほど知能が高くないと名前を持たない。
さらにユリディカという名前はかなりまともでワーウルフが持つような名前じゃなかった。
「良い名前ですね」
「ドゥゼアがつけてくれた名前だよ」
ユリディカは名前を褒められて嬉しそうに尻尾を振った。
「こほん……ともかく私の最後の使命はユリディカさんに力の使い方をお教えすることだと思っています」
アリドナラルはユリディカに力の使い方を教えられなかった。
けれどそこにピュアンがいた。
もしかしたらこのような事態をアリドナラルは想定していたのかもしれない。
「良かったなユリディカ。
これで力の使い方も……」
「ただし」
「なんだと?
ただし、なんだ?」
タダでユリディカに力の使い方を教えてくれるのではなさそうだ。
「1つだけお願いしたいことがあります」
「言ってみろ」
「私の夫を止めてほしいのです」
「夫だと?」
「はい……」
「あんたたちが一体いつ生きていたのか知らないけどもうかなり前のことだろ?
夫を止めろとはどういうことだ?」
「……私と同じように夫は魔物に身を堕としてしまいました」
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