ゴブリンは猫の話を聞きます1

 たまたまだけど冒険者を倒せて、その荷物から食料もいただけた。

 これで少しの間は食べ物に困らない。


 外に出てみると明るく、どうやら古代遺跡の中で1日が経っていたようだった。

 罠を探したり荷物を漁ったりと時間をかけて行動していたのでそれぐらい経っていてもおかしくはなかった。


 それほど長い時間でもなかったのに外の空気は気持ちがいい。

 やっぱり閉鎖的な地下の空気はどうしても息苦しさというものがあった。


 体を伸ばすドゥゼアが大きく息を吸い込むと朝の少しひんやりとした空気が胸に入ってくる。


「おっ、あれいいな」


 外にはテントが張ってあった。

 おそらく古代遺跡に入ってきた冒険者たちが自分達で使うためにあらかじめ張っておいたテントなのだろう。


 しかしもう持ち主はいない。

 1日活動したんだと思うとなんだか体も疲労を感じてきた。


 遠慮なくテントで休ませてもらおうかなと考えた。


「そういえばそれ、なんとかならんのか?」


 テントの方に歩きながらユリディカの鉤爪を見る。

 かっこいいのはいいのだけど鉤爪は武器であり、戦う時に装備するものだ。


 つまりは例えるなら抜き身の剣を常に持っているような状態であり、日常的な活動をする上で鋭い鉤爪を付けっぱなしではかなり不便だ。


「……確かに!」


 その不便さにようやくユリディカも気がついた。

 ユリディカがテントに触るとズタズタになってしまうのでちょっと気を付けてもらう。


「むむむむむむ……」


 ユリディカは鉤爪をはめた自分の手を悩ましげに睨んである。


「イケる!


 イケるよー!」


 目をつぶって手に集中し出す。

 すると鉤爪が淡く光って形を変え始めた。


 ユリディカの手を覆っていた鉤爪が手から引っ込んで腕に移動していく。

 そして鉤爪は今度はバングルに姿を変えてしまった。


「ジャジャーン!


 どーだぁ!」


 やったよ!とユリディカは出てきた手の肉球でドゥゼアの頬をブニブニと揉みしだく。


「やーめーろー!」


 口ではやめろというけど意外と抵抗しない。

 なぜならユリディカの肉球すごい気持ちがいいのだ。


 ドゥゼアの個人的な感想だけどずっとプニプニしていたくなる魅惑的な感触がユリディカの肉球なのである。

 というかユリディカは全身凶器。


 毛もフワフワしてるしミミは分厚くてその周辺の毛はさらに柔らかくて手触りがいい。

 時折無性にわしゃわしゃしたくなる衝動を抑えるのに必死にならねばいけない。


 多分ドゥゼアがユリディカにいえばいくらでもわしゃらせてくれるだろうけど恥ずかしさというものがある。

 向こうからわしゃってくるのなら受け入れる。


 頬が肉球で揉み込まれて気持ちがいい。


「むぅ!」


 ただあまり抵抗もしないドゥゼアにレビスは相当ご不満なようである。


「レビスもどーん!」


 しかしユリディカは空気を読まずにレビスの頬もムニムニする。


「は、はわわぁ〜」


 やられてみると気持ち良さが分かる。

 いいだろ?と視線を送るとレビスは悔しそうにうなずいた。


「仲良しですね!」


「……えっ?」


「……えっ?」


「……はぁっ?」


 急にレビスでもユリディカでも誰でもない女性のような声が聞こえてきた。


「ぎゃー!


 ちょ、ちょっと待ってください!


 敵じゃないですぅー!」


 テントの中にいつの間にか猫がいた。

 ドゥゼアは短剣を抜いて猫を地面に組み伏せて短剣を当てる。


 テントに入る時にはいなかったはず。

 ちゃんと入り口も閉めたのにどこから入ったのか。


 猫は抵抗もしないで両手を上げて降参のポーズを取っている。

 なんだかこの猫おかしいとドゥゼアは思った。


 固い。

 フワフワ感や柔らかさがない。


 見た目もそうだけどまるで石のようだ。


「お前は何者だ」


 変な動きをしたら話を聞くこともなく切り裂くつもりで猫を睨みつける。


「わわ、私はピュアンと言います!


 お、お話だけでも聞いてくれませんか?」


「話の内容によるな」


「ア、アリドナラル様についてです!」


「なんだと?」


 アリドナラルはユリディカに力を与えた神様だ。

 しかしアリドナラルを信奉していた文明が滅びてもはやアリドナラルを知る存在はドゥゼアたちぐらいなものになってしまった。


 なのにいきなり現れた石のような猫がなぜアリドナラルのことを知っているのかドゥゼアは驚いた。


「なぜアリドナラルのことを知っている?」


「……私は元々人でした」


「人……だっただと?」


 アリドナラルのことを抜きにしてもドゥゼアには聞き捨てならない話である。


「ど、どうか短剣を引いていただけると。


 この体脆いので」


「……ウソなく、正直に話せ。


 疑わしい態度だったり逃げ出したらすぐに殺す」


 ドゥゼアは短剣をしまってピュアンと名乗る猫から手を引く。


「それでどういうことだ?


 何が目的で現れた?」


「……色々と話したいことはございます。


 まずは私について。


 私はかつてこの地にありました国でアリドナラル様にお仕えする聖女でありました」


「聖女だと?」


「はい。


 しかしこの国は破壊の神を信仰する国によって侵略され、破壊されてしまいました。


 その時に私も戦ったのですが相手の勢いは強く、敗北してしまいました」


「まあ、理解できない話じゃないがそれよりもあんたの存在が理解できない」


 ユリディカにも同じような話を聞いた。

 異なる宗教での争いは時として実際の戦争にまで発展しうる。


 破壊の神を信仰する理由なんて知らないけど癒しや愛をうたうアリドナラルとは相容れなかったのだろう。

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