ゴブリンはウルフと戦います1

「だってこいつら私に吠えてきたんですよ?」


 帰るとユリディカが両手に1匹ずつウルフの死体を引きずって帰ってきていた。

 これはなんだと聞くと視線を逸らして口をちょっと尖らせるようにしてこの態度である。


「別に怒っちゃいないさ。


 お前にケガはないのか?」


「し、心配してくれるんだ」


 なんだか嬉しそうなユリディカはパタパタと尻尾を振る。

 怒られると思ったけどまさか体の心配をしてもらえるなんてと思った。


 ウルフとの衝突が起こる可能性など予想はしていた。

 まず手を出すことはないだろうけど警戒したり牽制したりすることもあるだろうし、少しやり過ぎれば軽い戦いに発展することもある。


 それにまだユリディカの性格を掴みきれていない。

 普段はのほほんとした性格をしているけれどいざ戦いの時になれば本能的なところはどうなのか把握していない。


 今回のことで少しユリディカのことがわかった。

 ドゥゼアに対しては従順なユリディカであるが他に対してはとんでもなく冷たい。


 ウルフも直接ユリディカに手を出したのではない。

 偵察に不慣れなユリディカはウルフに接近しすぎた。


 そのためにウルフに偵察していたのがバレてうなられてしまった。

 格上のユリディカに対してうなるなんて敵対行動に他ならない。


 相手は軽い警戒のつもりだったのかもしれないけれどそれでユリディカの闘争本能を刺激してしまった。

 瞬く間に群れの端にいたウルフを血祭りにあげたユリディカだったがそれで正気に戻った。


 ウルフが怯んでいる間にさっさと撤退してきたのであった。

 ある種の奇襲のような形になったのでユリディカが一撃加えただけで事が済んだ。


 本格的に戦えばユリディカはウルフに囲まれて倒されていたかもしれない。

 下手すると危険な戦いであったのだ。


「あまり無茶なことはするな。


 俺はお前を失いたくないぞ」


「ドゥゼア……!」


 ウルフで血濡れたユリディカの胸が高鳴る。

 せっかく得た貴重な戦力をこんなところで失くすのは惜しいとドゥゼアは考えているけれどユリディカはそれ以上の意味をドゥゼアの言葉から受け取っていた。


 けれどユリディカにはこの胸の高鳴りが何であるのかの知識がない。

 なぜゴブリンにこうもドキドキするのか自信が不思議でならないのだ。


「まあ結果的にウルフの足取りも鈍るだろう。


 準備を進めよう」


 ワーウルフに襲われたウルフは周りを警戒せざるを得ないはず。

 そうなるとコボルトを襲うことよりまず警戒を高めて慎重になるだろうだろうからコボルトが襲われるまで少し時間が稼げた。


 偶然の出来事だけれどコボルトたちに有利に働いているはずだ。


「知恵を使えばウルフだって敵じゃないさ」


 ーーーーー


 ユリディカの報告によるとウルフはおよそ20体ほどの群れであったと言う。

 コボルトが30体ほどなので数的にはギリギリ優位に立っている。


 襲った時に相手の吠えが理解できなかったので知能的には微妙なところ。

 これがまた難しいものでコボルトやゴブリンは知能が低くても他種族と意思の疎通が取れる。


 単純に知能というがそうした意思疎通に関する知能は他よりも高めであるのだ。

 単体で生きるのが難しく他種族と手を取ることもあるために進化を遂げたのだろう。


 逆にウルフもそれなりに賢いものがいたりするけれど意思疎通が出来ないこともある。

 なぜならウルフは自分の種族と相互に意思疎通が取れればよくて他種族と意思疎通をするつもりがないために意思疎通に関する知能が低いためだ。


 一概に知能というが細かく分けるとその高低の基準も様々なのである。

 ただウルフにも他種族と意思疎通を取れる賢さを持つものがいるのでそこまで賢くないと言い切ることはできる。


「来たよ!」


 偵察に出ていたユリディカが戻ってきた。

 今度はちゃんと距離を置き、姿を隠して相手にバレないように偵察することを教えた。


 元々闇夜に紛れる能力の高いワーウルフは森の中でも巧みに姿を隠してウルフにバレないように偵察が出来るようになった。

 仮にバレたとしても襲いかかってくるワーウルフに対しては敵対しそうな行動はもうしないだろう。


「みんないいか。


 もうウルフがすぐそこまで迫ってきている」


 ドゥゼアはコボルトたちを集めた。

 最後に集団として戦うため、やる気を出させるために鼓舞をする。


「ここを置いてもはやコボルトに住む場所はない。


 ここを守らねばお前たちに明日はないのだ」


 全てのコボルトがドゥゼアに注目している。

 この数日のドゥゼアの働きを見ていてドゥゼアがいかに優れたゴブリンであるかコボルトたちは分かっていた。


 ワーウルフを従えていることもそうであるし知能も高く、それなのに自分たちを助けようとしてくれている。

 準備もした。


 負けるつもりなどない。

 けれどもしここで負けても仕方なかったと言えるほどの気持ちがコボルトたちの中にはあった。


「けれど俺たちはウルフと戦うために準備をしてきた!


 いかにウルフが強かろうと俺たちは負けない!


 ウルフを倒して俺たちが明日を生きるのだ!」


 イマイチドゥゼアの言い回しは難しくてコボルトたちは理解が出来ていない。

 だけどドゥゼアがこれからもここに住まうコボルトたちと同じぐらいの熱を持って戦おうとしてくれていることは分かる。


「やるぞ!」


「「「ウオォォォォ!」」」


 半ば遠吠えのような雄叫びが上がる。

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