ワーウルフは仲間になりました

「どうする?


 あとは壁も線もない。


 出るのはお前の自由だ」


 予想通りに魔物に会うことなくダンジョンの出口まで来ることができた。

 軽く覗いてみると外は真っ暗だった。


 こんな時間まであの冒険者はワーウルフ目当てにダンジョンをふらついていたのか。

 ドゥゼアとレビスが階段を上がって外に出る。


 ダンジョンの空気感というのはやはり異質なところがある。

 外の何も感じない清々しい空気が気持ちよかった。


 ワーウルフはあと何段かで外というところで止まっていた。

 本当に出ていいのかという漠然とした不安に心臓の音が大きくなっている。


 ここは無理矢理ではいけないと首に繋がれたヒモを引くことはしない。

 自由のために一歩を踏み出すかどうかはワーウルフ自身が決めねばならない。


 ダンジョンに戻ったってダンジョンは受け入れてくれるだろうけどワーウルフの苦しみは死ぬまで終わらない。

 ここまで連れてきてもらって今更戻る選択肢もない。


 ワーウルフは大きく深呼吸を繰り返して背筋をピンと伸ばすと恐る恐る階段を登る。

 初めて見える空に飛び出すような気持ちを抱えながら期待と不安が入り混じる。


 どこか後ろに引っ張られるような気もあるがワーウルフの足は止まらない。


『ーーーー』


 最後の一段。

 声が聞こえた気がした。


 なんて言っていたのか分からない。

 でも優しい声だった。


 ワーウルフは初めてダンジョンの外に足を踏み出した。

 頭の中に最後まで残っていた霧が晴れていく。


 外の世界を見るよりもまずワーウルフはダンジョンを振り返った。

 自分における全ての世界だったダンジョンからあっけないほど簡単に出ることができてしまった。


 こうしてみるとただの穴倉のように見えるダンジョンからどうして出られないのだと思い込んでいたのか分からなくなる。

 辛くて悲しみも多い場所だったのに思い返してみると悪くない場所だったと思えてしまうのはどうしてだろうと考える。


 感慨深そうにダンジョンを見つめていたワーウルフはようやくその思いを断ち切ってドゥゼアたちの方に視線を向けた。


「……どうするかはアイツ次第ですよ」


 仮にダンジョンが何かしらの意思を持っているとして魔物を生み出しているのだとしたらダンジョンは親で、ワーウルフは子供ということができるかもしれない。

 ダンジョンを出る瞬間に不思議な声がドゥゼアにも聞こえた。


 ワーウルフを頼むと穏やかな声色でお願いをされた。

 ただまあ知らんがなとドゥゼアは思った。


 世界は広い。

 どう生きていくのかはワーウルフ次第で頼まれたってどうしようもないこともある。


「手だせ」


 ドゥゼアはナイフを取り出すとワーウルフの拘束を切って解放する。


「ああ、これでようやく本当の自由です!」


「そうだな、これで自由だ」


 ドゥゼアはワーウルフの肩に手を乗せた。


「達者で生きろよ」


「えっ……」


「じゃあな。


 なかなか面白かったぞ」


 ドゥゼアにはついてきてくれと言うつもりもなあなあのまま一緒に動くつもりもなかった。

 そうなるとしっかりとここでお別れなことを告げることになる。


 ワーウルフに動揺が広がる。

 外に出たはいいけれど右も左も分からない。


 こんなところに放り出されてどうしたらいい。

 そうした不安もあったのだけどなぜか振り返るドゥゼアを見てワーウルフは思ってしまった。


 行ってほしくないと。

 悪い魔物……勝手に助けて、暴れ出そうとしたワーウルフを手荒な方法で止めて、手足を縛り、犬のように縄をつけたとんでもないゴブリン。


 ワーウルフは振り返って行こうとしたドゥゼアの手を思わず取った。

 ダンジョンを出る時よりも心臓が大きく高鳴っている。


「お願い……」


 ドゥゼアと離れたくないとワーウルフは思った。


「私も連れ行って……」


 ワーウルフの方が力は強い。

 腕が折れそうなほどの力で腕を掴まれている。


「いいのか?


 お前は強そうだしこんなゴブリンについてくることもないんだぞ」


「私、外の世界のこと、分からないし……それに」


 ワーウルフはドゥゼアの瞳を見る。

 ゴブリンは見たことないけど他の魔物は山ほどいたダンジョンの中でどの魔物も目は濁っていて薄気味の悪さを感じていた。


 だけどドゥゼアの瞳は澄んでいる。

 ゴブリンの目なのにいつまでも見つめていたくなるような強い意思をその奥に宿した瞳だった。


 あの目で見られるとワーウルフはドキリとする。

 本気で戦えば簡単にひねり潰せそうな相手なのにドゥゼアの強い意思には勝てないのではないかと思わせられる。


 でも今はただドゥゼアと一緒にいたいという思いがワーウルフの胸を占めていた。


「ならついてこい。


 レビスもお前のこと気に入っているみたいだしな」


 置いて行こうとした瞬間レビスの顔は明らかに暗かった。

 ワーウルフも素直な性格していてレビスも一緒に旅できたならと思っていたようだ。


 ダンジョンの中でも会話していたし波長も合う。

 群れで生きるゴブリンのレビスにはドゥゼアと2人だけでは寂しかった側面もあった。


 ドゥゼアがいれば十分であるがもっとたくさん仲間がいればそれに越したことはない。


「……ありがとう!」


 やっぱり仲間なんていらないかもしれない。

 嬉しさ極まってドゥゼアを抱きしめたワーウルフを見てレビスはちょっとだけ複雑な気持ちになっていた。

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