白い部屋(ショートショート)

もとやまめぐ

白い部屋

「ご飯ですか?…まだでしたか、すみません」


「そーですかー。おーきにどーも。すみません。」


「すみません、どちらさんでしたかね……ああそうなんですね、よろしくお願いします。」



僕がここにやってきたのはおよそ三年前

このおばあさんのために選ばれ

送られてきた

よく知らないけど

最初の頃はおじいさんが毎日お見舞いにきていた

山から取ってきたというゆりの花や

季節の花を毎日かかさず持ってきて飾っていた

しかしどうしたわけか

感染症対策とかいうもののせいなのか

突然、二週間に一度しか来なくなってしまった

そうなってすぐに

おばあさんは

おじいさんのことも忘れてしまった

おばあさんには子どもも孫もいるらしいが

一度も見たことはない

おじいさんがその話をよくしていたが

おばあさんは何も思い出せないらしく

他人事のように

つまらなそうに聞いていた


久しぶりにおじいさんが来ても

自ら話し出すことはなくなった

おじいさんの表情も

日を追うごとに苦しそうになっていった


やがて

おじいさんも来なくなった


看護師さんたちが往来し

日々が通り過ぎていく


何もかも忘れてしまったらしいおばあさんは

今日も何となく起きて

何となく外を眺め

運ばれてきたご飯を食べ

呼ばれたらシャワーを浴びに行き

何となく眠りにつく


夜中

ふと目を覚ましたらしい

何か言っている

「………こ…ちゃん、…っ…ちゃん……」


「どうかしましたか?」

看護師さんの反応はとても早くて驚く


だが、自分が声を出したことも覚えていないのか

おばあさんはキョトンとしていた


なにかあったら呼んでくださいねー。


わかりました。ありがとうございます。



また部屋に静寂が戻った

あれは、誰かの名前だったのだろうか

子どもなのか、孫なのか

ふと思い出したのかもしれない




ピーーーーーーーーーー



静寂を割く強い電子音で

多くの看護師と医師がやってきた


部屋の中が慌ただしくなり

あちこちへ連絡を促して走っていく



しばらくして、

僕はおばあさんの隣に寝かされた


ああ、そうか

大丈夫だよ

僕と一緒にいこう



開いた小窓から

初めてこの人の子どもと孫を見た





~亡き母方の祖母に捧ぐ~

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白い部屋(ショートショート) もとやまめぐ @ncRNA

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