第45話 再び

「おやぁ?おかえりぃ。二人とも」


 私とリリが最上階に登ると、案の定ブレイズが待ち構えていた。

 ブレイズは私達が来るのを分かっていたかのようだ。


「おい!クソキノコ!!かーちゃんをとっとと返せ!」

「焦らないの。まあ、返すつもりなんてさらさらないけどぉ」


 ペットの鎖を引っ張るように、サラの髪を雑に引っ張る。それこそペットに挨拶をさせるように、サラの顔を見せつけてくる。

 サラの痛みに歪む顔が、リリをより激しく怒らせた。


「じゃあオメェをブチのめすだけだ」

「誰が誰を、ブチのめすってぇ?」

「アタシがオメェをブチのめすんだよ。キノコに養分吸われてアホにでもなったか」

「アハハ。どお?可愛いでしょ、これぇ」


 激怒するリリとは正反対に、ブレイズは楽しげに自身のヘアスタイルをアピールしている。

 状況的には一対二の不利な状況の筈なのだが、何故か余裕を見せびらかしていた。

 ハッタリとも思えそうだが、どうにも腑に落ちない。


「随分と余裕そうだな」

「死にかけのキミと比べないでくれるぅ?」


 ブレイズの片手には拳銃が。

 ピエロメイクが一層表情を分かりにくくさせ、次の挙動が読みにくい。


「死にかけ、か。そうだな。確かにこの身体には多くの傷がついた。今でさえもそれは枷となって満足に動いてくれない」

「あー……だからナニ?」

「──故に戦えない、という訳でもないという事だ。」


 静から動へと最速で。

 先手必勝かつ相手の虚を突き、最短で仕留める。


 私は指先をブレイズに向け、戸惑う事なく魔力の塊である魔弾を撃ち放った。

 もう、反動の痛みに耐えられるぐらいには慣れた。少量の魔力を扱う程度なら容易い。


 ならば速攻で終わらせてしまうのが吉だろう。


「!!!!」


 誰もが驚いた。

 互いに相手がどう出るかの読み合いの中、不意に一つの魔弾が撃ち込まれたのだからそれは驚愕するだろう。


 だがしかし。

 氷が砕けるように、私の魔弾は奴に届く前に霧散して行った。


「……ちょっとぉ、何するのぉ。びっくりしたじゃないのぉ」


 オカマぶるような気味の悪い声が聞こえる。

 オカマ声は個性だが、奴の声に対しては嫌悪感しか湧かない。


「貴様、どうやって防いだ」

「エェ?分からないのぉ?」

「奇跡の片鱗を見せつけたつもりだが、それを防ぐ科学力でもあるのか?」


 何故だ。何故防がれた?

 簡易的な魔弾とはいえ、これも確かな奇跡だ。

 これを防ぐ方法など限られている筈。

 考えたくもない思考が勝手に脳内を走り回るが、どうにか無視を決め込んでブレイズを見やる。


「──プッ、アッハハハハ!!おっかしぃ!!魔女が聞いて呆れるねぇ。……キミ。今までナニしてたの?まさか、使とでも思い込んでたぁ?」

「……やはりな。だが、全力ではないにしろ、魔女の魔弾を防ぐとは」

「人間様舐めないでもらっていい?魔法武具まほうぶぐっつー便利な道具があるんだわぁ」


 これ見よがしに手にした拳銃を見せつけてくる。

 一見、ただの拳銃にしか見えないが何か仕組みがあるらしい。


 生まれてから殆ど人の文明に触れてこなかった故、そのマホウブグとやらが私にはてんでわからない。


「なんだよ、それ。アタシもしらねぇぞ。というか、お前らの目的は一体なんなんだ。アタシはかーちゃんを助けるのに必死で、お前らの目的を無視してたぜ」

「それには同感だな。貴様らは一体何者だ。どこから来た」


 今まで失念していた疑問。

 ワルド一家は女を攫い金を稼ぐ悪党であるが、その目的が分からなかった。

 サラを助けるという最優先事項がある為、尚更その疑問を後回しにしていた。


 今思えばおかしな点がいくつかある。

 衣類が生産されない世界で全員が統一された黒服を装着している所。この塔を拠点にしている筈なのに、全ての階層に私物がない事。何故、貨幣が機能しない世界で金稼ぎをしているのか。


「……ハァ。そこのガキンチョはまだいいとして、魔女である年増女が知らないとはねぇ。」


 同情すら感じさせるため息。

 気付けばサラの髪から手を離している。


「何が言いたい?」

「本当にこの世界には世界を運営する力がないと思ってるのぉ?」

「どーゆー事だそれは」


 リリもその疑問を後回しに出来ないらしい。


「世界中全て、瓦礫が敷き詰められている訳じゃないのぉ。たった一つだけ、国が存在してるってワケ」

「にわかには信じ難いな。愚かな人類は戦争により自ら滅び去る運命の筈だが?」

「莫迦なヤツもいれば賢いヤツもいるに決まってるでしょ。その賢いヤツらが集まった国が存在してるのぉ」

「アタシには想像できねーな。国ってやつが」


 リリのその発言は当然だろう。

 生まれながらにしてこんな風景を見て育ったんだ。話では聞いていても、実際は見たことのない景色。


 彼女にとっては平和こそが御伽話なのだろう。


「ここから遠く離れた場所にその国はあるのぉ。もちろん、ワタシたちもそこからやってきたってワケ」

「その魔法武具というやつもその国の技術か」

「ご名答ぉ!魔力さえ込めれば機能するのが魔法武具なのぉ!さっきの魔弾もで相殺させてもらったよぉ!」


 ブレイズはその魔法武具という拳銃を向けてくる。

 その銃口と視線が合ったのは、リリだった。


「やめなさいっ……!!!」


 我が子に銃を向けるブレイズを睨むサラ。

 手足を鎖で縛られ、虚しくも何もすることは出来ない。


「大丈夫だぜ、かーちゃん。アタシはコイツよりも銃の扱いが上手い。まほうぶぐだがなんだか知らねーけど、要は先に当てた方が勝ちなのは変わらねぇ。なら、アタシが勝つさ」


 一切怯む事なく、向けられた銃を見据える。

 リリが所持しているのは小銃と拳銃の二種類。

 だがそのどちらも構える事なく、ブレイズの銃口を見つめていた。


「あまり舐めないでもらっていぃ?ガキんちょが吠えた所で何も変わらないのぉ」

「グダグダうるせぇキノコだな。いい加減収穫しちまうぞ」

「一番うるさいのは、キミ。死になさい」


 ブレイズが引き金を引いていく。

 その動作に戸惑いはなく、ハッタリでは無く本当に撃ったと確信した。


「「リリ────!!!」」


 私とサラがほぼ同時に叫ぶが、音速を超える銃弾に私達の声などついていける筈もなく届かない。


「まずは、一人目ぇ。サヨウナラァ」









 撃鉄の音が鳴り響く。

 それは確かに、リリを貫かんとする銃弾が放たれた合図だった。

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