かじったリンゴの木の下で~この最高の世界に行ってきます~
ここから粉雪
1話 祈りと願いと魔法
少年は走っていた。必死の形相で。
叫び続けていたのかすでに声は枯れかかっていた。それもその筈で、少年の後ろには一体のモンスターが迫っていた。狼型でありその足は相応に速い。だがモンスターは前足の一部に傷を負っていた為か、その速度は少年と互角に見える。
しかしモンスターは強靭な肉体をもって、無限のスタミナかと疑われる程に疲れないのだ。どこまでも少年を追いかけていくだろう。ただの人間である少年の体力や今も酷使している足には限界が訪れそうだった。このままでは追い付かれて、傷を癒す為の餌とされてしまう。
「いい加減どっかいけよ!」
少年は言いながら振り返り、自身を追う者の正体を再度確認する。異常に発達した牙を見せ、その顔は凶悪そのものだ。捕まれば食われて死ぬと嫌でも理解させられ、恐怖で表情が更に歪む。
そんなのはごめんだ。振り返るべきでは無かった。
後悔は、まだ生きているから行えた事だった。
少年の名はリン。赤い髪を短く伸ばして、全体的に薄汚れた粗末な服を着ており、肩から紐で袋を提げている。
リンの見た目は、背後から迫るモンスターと比べたら全然普通だった。
ここは崩壊後の世界。
人類の手には負えないほど大量のモンスターと呼ばれる存在が現れて以降、その生存を脅かし続けている。一歩でも生存域である都市から出れば、たちまちに襲われてその代償を払うこととなるのが常だ。しかしそれも昔の話。
今では人類の科学力は、モンスターを凌駕した。
もっともそれは、力あるものだけの特権だ。
人体を義体化し、その身に強力な武器や装置を埋め込む者はまるで生身に見えるが、埋め込んだ武装でモンスターと対等以上に戦う。現代製の装備で身を包み、モンスターを殺す為に開発された銃は生身で撃つことは愚か、持つこともできない程に巨大な物まで。それらの武装を使用する為に、魔道スーツと呼ばれる物を着込む者などは、その技量によってモンスターの弱点を撃ち抜いていく。
当然の如く、武装には金が掛かる。金の無い者には買えないのだった。
金もない、力もない。そんな者が都市から出て、更に危険なエリアと呼ばれる場所にいる。
一体どれだけ無謀な真似だったのかを、リンはその身で感じ取っていた。
(足が痛い……。体力も限界で追い付かれるのはもうすぐ。いっそ反撃するべきか?)
こんな状況になっても手放さずにいた拳銃を見る。しかし、このような銃であのモンスターに対抗できるとは、とても思わなかった。それもその筈で、リンが持ち込んだ銃はモンスターなどという超常の存在には対応していない。
整備状態すら怪しい傷だらけの拳銃でうまく命中させても、強靭な肉体の前には無意味なものとなってしまうだろう。そして状況に変化がなければ、このまま無謀の代償をその身をもって払うこととなる。
都市の中で安全を享受している者達にはもはや想像出来ないだろうが、生きたままモンスターに喰われるなど、想像を絶する恐怖だ。それは知らなくても、死ぬのは当然に怖い。だから普通の人間は、壁の中から一歩でも踏み出さないのだが。
(無理だ。こんな銃であんなモンスターの相手はできないだろ。おわりか……?)
その事実に、リンは死を覚悟した。
だが諦めた訳では全くなかった。
この程度で諦めるなら、最初からここには来ていない。リンはなんとか活路を見い出そうと、思考を回転させ、周囲を粒さに観察する。すると諦めない心が希望を見い出したのか、視界の端に捉えた建物の玄関が外開きになっていた。
リンは賭けには丁度いいと、今この瞬間でしか張ることの出来ない自分の命を全て皿に載せ、
(俺はまだ死ぬわけにはいかないんだ! こんな所で終わってたまるかよッ!)
――笑いながら差し出した。
リンはここに来るまでも賭けの連続だった。それが破滅か成功かという極端な結果になることは無かったと思っていた。しかしそれは甘い考えだった。人類の生存域である都市から出て、人類が管理していない領域である、フィールドを歩き、モンスターが生まれると言われる、エリアに向かった。
エリアに無事たどり着いたのは幸運だったからだ。フィールドにもモンスターは存在している。エリア程に危険な存在は現れないが、そこで襲われれば命は無かった。
リンはまず賭けに成功してチャンスを掴んだ。エリアに入って、痕跡を探索できるというチャンスだ。だが現実はそう甘くない。誰もが賭けに簡単に勝てるなら、誰も死にはしない。
エリアに入ってすぐ、モンスターに襲われた。破滅への第一歩、それが今の状況である。
だが、まだ賭けに負けたかどうかまでは分からない。死ぬその時までは。
リンは状況を変える為、生存へと手を伸ばす為に覚悟を決めた。
「食らいやがれ!! そのまま死んじまえ!!」
走りながら枯れた喉で叫び、銃を腕だけで後ろに向け乱射した。本来ならモンスター相手に意味などない銃撃である。しかしそんなことはモンスターには分からない。これがモンスターなどという超常の存在から生き延びた、人類の知恵というものなのか。
リンには後ろの状況を確認する余裕もなく、聞こえてきた咆哮から最後の力を振り絞って建物の中に走った。力強い意志でとっくの昔に死んでいる足を動かす。めちゃくちゃな銃撃のせいで傷んだ腕にも構っている余裕は無かった。走れなければ死ぬ。自分にそう言い聞かせ限界を超えて走り続けた。その身体能力は称賛に値し、気力はそれ以上だ。
だからリンは、まだ助かる。
(もうすぐだ、生き残るんだ。まだ死んでたまるか……。俺はまだ、何もできてない!)
ついにだどり着いた。外開きになっていた扉を掴んで、体を中に滑り込むようにしながら勢い良く閉める。そのまま反転して扉の鍵を探すと、すぐにそれらしき物が見つかった。鍵をかけ、後ろに倒れ込むように離れた。
「うおっ! すごい音だったな。でも頑丈な建物だ。流石エリアってことか?」
すると扉に衝撃が走り、でかい音がした。リンは嫌な顔をしながらも、恐らくモンスターが激突したのだと分かった。自分の身で受けていれば即死だった。そうと分かってしまう、嫌な音だった。
今まで追っていた獲物が突然反撃をしてきた。そのことに、すでに傷を負っていたモンスターは怯む。足を止め、獲物を睨み付ける。リンが幸運にも命中させた弾はモンスターの体毛に弾かれ、傷を付けることすらなかった。
大した攻撃では無かった。そのことに気が付くと、モンスターはこんなものに怯んだ自身と、攻撃してきた獲物に怒りを覚えた。咆哮をあげ、前足の傷など関係が無いかのように全力で獲物を追いかけだす。
走る速度は今までとは比べ物にならず、どこまでも伸びていく。獲物に噛り付くあと僅かという所で、モンスターは何かに激突した。その衝撃に暫く動けなくなった。
だが死んだ訳ではない。その生命力は、全速力で走っている最中に何かにぶつかろうとも、途切れることはない。
リンにとって、初めての探索は最悪なものとなった。
だがそれは、生きているから感じることができるものだ。死んでいれば最悪も何もない。その点ではまだ、最悪を感じることができる幸運なリンだった。
賭けには勝った。払い戻しが行われ、皿に載せた命を無事に取り戻す。
それ以上のものが払われるのかは、まだ分からない。
「助かった」
と言いながらも、内心では全く信じられていなかった。
命の危機にあった為に高揚していた精神が冷静になりつつある。冷えた頭がこれからの考えを弾き出していく。建物の外にはモンスターが蔓延るエリアが広がり、帰りの道も忘れ、生還の見込みは薄い。建物の中にモンスターが居ない保障もない。弾の尽きた拳銃、僅かな水と食料が持ち物の全て。
だから、とても助かったとはいえなかった。
そのうちに絶望がジリジリと精神を削りだす。自分は助からない。どうしてもそう思ってしまう程に、状況は最低だった。リンは頭を振りそれらの考えを追いやる。
「まだ諦める訳には、いかないんだ……」
リンはまず休憩を取ることにした。その場に座って足を休める。袋に入れて持ってきた食料と水を、これで最後だと言わんばかりに平らげる。
都市からの配給で貰うこのビスケットとペットボトルの水はどちらも酷い味だ。ビスケットは大した味が無い上にボソボソで、口の中の水分を急激に奪っていく。その渇きを癒す為に水を飲むと、雨水をそのまま持ってきたかのような味に顔を顰める事になる。
最後の晩餐がこの有様では、文句を言う者が大半だろう。
だがリンにとっては貴重であり、文句を言える立場でもなかった。黙って飲み干し、休憩を終えた。
「よし」
顔を叩き、活を入れて探索を開始する。
中を見渡した限りでは、この建物は3階建てだと分かる。今まで見てきた崩壊している建物とは違いしっかりと建っており、中身もキレイな状態を保っている。1階は広い空間で、中央には2階、3階へと続く階段があった。
まずは3階に上がり、目に付いた扉から慎重に開けていく。少しだけ開いて中の様子を確認する。
リンはこの作業を数回終えて、3階に開いていない扉が無いことを確認する。次は2階でも同じことをした。幸い3階と2階にモンスターは確認できなかった。1階へと戻り先程と同じことをする。1階を最後にしたのは、上から襲われるより、下からの方が対処しやすいと考えた為だ。
(どの階にも部屋にもモンスターはいなさそうだった)
安全確認を終えると、部屋の中を覗いた際に、何か売れそうな痕跡がありそうだった部屋へと戻っていく。
リンが持ち帰れる物は少ないだろう。まだまだ危険なエリアの中であり、生きて帰る為に荷物は少ない方がいい。強欲に持ち帰ろうとすれば、賭けの条件はそれだけ厳しくなる。それに、リンは怪力の持ち主では無いのだ。持ち運べる重さには、当然限度がある。
リンはただの人間で、更に子供だった。無茶はそう出来ないのだ。
リンは良くは分らないが、売れそうだと思った痕跡を新たに装備した手提げ袋に詰めていく。ハンカチや砂時計、小瓶に入った黒い液体、羽ペン、羊皮紙、食器類。それらは小物が中心で数も少ない。
痕跡とは、エリアが生みだす副産物である。それら生みだされた物品を総称して、痕跡と名付けられているのだ。
現代において、高い重要度を持つ品々である。勿論リンが拾った物など、現代製の代用品が幾らでも存在する。だが痕跡は痕跡だ。都市に戻り売却することができれば、相応の金となる。
(大量だ……。全部は無理だが、持ち帰った痕跡を売って、装備を整える。そんで、またここに戻ってくればいいさ)
リンは袋一杯に詰まった自身の成果に顔を綻ばせる。
ここまで危険な道のりだった。危ない場面は何度もあった。先程、命を救ってくれた拳銃を手に入れた時のことは今でも思い出せる。都市がモンスターの襲撃を受け、スラム街で起こった戦闘。その際にモンスターに喰われ、絶命していた者から銃を持ち去ったこと。都市を出てフィールドでモンスターに遭遇した時は、相手が寝ていたから助かったこと。今モンスターに追いかけられていたこと。それらを思い出すと、この成果は当然だと思う。受け取って当然の対価なのだと。
だがその対価は、何度も命を懸け、危険な目に合ってきた者にしては少なすぎた。
それだけ、リンという命の価値は低かったのだ。
(ここには、床に変な模様があったんだよな……。確かめておくか)
リンが一階にあった部屋に入ると、床に描かれていた魔法陣に目を向ける。
魔法陣とはエリアに存在するものだ。その用途は、はるか昔の魔法使いと呼ばれた存在が、エリアを移動する際に使うものだという認識が一般的だ。乗ると一瞬で、指定された場所にその身を転送する便利な装置だ。
基本的にそれら魔法陣は稼働していない。稼働しているのは、エリアに修復されたばかりの魔法陣だからだ。
(これはもしかして、魔法陣ってやつなのか? なんだか凄いな。噂では引きずり込まれるらしいけど……?)
リンが魔法陣の前に立ち、興味深そうに眺めている。
知識の無い者が見ても、幾何学な模様や訳の分からない文字が刻まれている、としか分からない。そして危険な行動だ。もしこの魔法陣が生きていれば、運悪く命が無かったところだ。しかしリンは、好奇心を刺激されていた。不思議だといった顔で、物珍しげに魔法陣を眺めていた。
(でも壊れてる? 大体ここは、俺でも来られるような場所だ。そんな所にある魔法陣が機能してるわけがない)
そもそも機能しているからなんだというのか、自分では命を無駄にするだけだ。新たな発見に興奮していた頭が冷え、見物は終わったと、リンが部屋から出ようとするその時だった。部屋の外から甲高い音が鳴り、その後に建物全体を震わせる咆哮が響き渡った。
「なんだ!? クソッ、さっきの奴か?」
部屋の外から聞こえた音に思わず声をあげてしまい、リンは自分の失態に舌打ちをする。
大量の痕跡を見つけたこと、珍しいものが見れたことで気が緩んでいたのだ。
つまりそれは、致命的なミスだった。
リンはミスの代償に、絶望的な賭け台へと登ることを余儀なくされた。何も持たないリンは、強制的に命を賭けさせられる。
部屋からの出口はモンスターが迫っている足音が聞こえる場所にしか無い。時間もなく、部屋には死んだ魔法陣以外は何も無い。持ち物にも状況を打開できそうな物が無い。リンが唯一持っているのは、自分の命だけ。
正真正銘の終わりだった。
足音が止まり、代わりにモンスターが扉に体当たりする音が響きだした。エリアの建物は頑丈だ。そう易々と壊れる物ではないが、強靭なモンスターの攻撃を受け続ければ崩壊は免れない。扉が破壊されるまで、あと僅かだった。それはリンの命と同期している。今にも歪み、弾け飛びそうな扉が最後の命綱となる。
「来るならこい! だがな、ただじゃ済まさねえぞ!!」
リンはモンスター相手に言葉など意味がないことは知っていた。だが強がっていないと心が壊れそうだった。
当然リンの強がりも意味を成さず、扉が軋みはじめミシミシと嫌な音を立てる。
扉は限界だ。もう一度食らえば確実に壊れる。
するとモンスターの足音が遠ざかって行く。助走を増やし、威力を増すつもりのようだ。次で決めると、リンはそう言われた気がした。その恐怖に、リンはどうすることもできなかった。
この時点でリンの死は確定した。恐怖で動けなくなり、チャンスをふいにしたのだ。扉はあと一撃で壊れる、しかしモンスターは助走を付け勢い良く部屋に突入するつもりだ。部屋の奥で縮こまっている獲物を想定して。
ここで勇気を出してモンスターの突撃に合わせ、入れ替わるように部屋の外に出ていれば助かっていたかもしれない。勝算は低いが、ゼロではない。生き延びる意思と勇気があれば実現しただろう。しかし、そうはならなかった。
モンスターの想定通り、縮こまっている獲物がそこにはいた。
扉が破壊され、モンスターが姿を現す。先程まで追いかけられ死を覚悟させられた相手が、もう一度自身の前に立ちはだかる。その恐怖はリンの脳から思考を奪い去った。もはや自由の利かない体を震わせ絶叫する。
「あぁぁぁあああああ……!!」
死の恐怖がリンの世界を縮める。その影響で視界から部屋が存在しなくなり、モンスターだけを映し出す。凶悪な顔、異常に発達した牙、頑丈な体に生えた長い体毛。目で見えるもの全てを見た。その存在感、視線、濃厚な殺気。感じ取れるものを全て理解する。
モンスターは慎重に距離を詰めはじめた。ゆっくりと限界まで近づき、逃げられない距離で獲物に飛び掛かった。強靭な肉体を使い、全身をバネのように弾けさせて、とんでもない速度で襲い掛かる。
普通ならその速度に対応できず、何をされたのかも分からないまま死ぬことになるだろう。
だがリンはそれを見る。しっかりと鮮明なモンスターの姿を、まるでコマ送りかのように見ていた。飛び掛かる為に後ろ足を曲げたこと、そのまま足を伸ばし跳ぶ為の力を最大まで作ったこと、前足を伸ばし獲物を逃さないように爪を立てていること、その前足には傷があったこと。リンには、しっかり見えていた。
だがそれだけでは足りない、状況を打開するための力にはならない。やはりここでリンは死ぬしかない。あの時恐怖で動けなかった時点で決まっていた。それが覆ることはない。
(こんな所で終わりかよ、やっぱり無謀だったんだろうな……)
極限の集中の中で、モンスターが飛び掛かってくることをコマ送りかのように見ていたリンだが、迫りくる恐怖から立つこともできなくなり、魔法陣の中に倒れた。
自分には抗う意思が、勇気が、なにより力が足りなかった。そう弱気になってしまった自分に腹を立てる。自分はここに、死にに来たのだろうか。そうではない、必ず復讐をすると誓った。必ずだと。
奴らに勝つ為に、エリアに出て痕跡を見つけ、持ち帰る。その成果で自分を成長させ、奴らを皆殺しにするのだ。その為の第一歩だった、それがこんな所で死んでは次の一歩に届かない。そんなのは嫌だ、間違ってる。
(もっと力が……。――力さえあれば!)
それはどこまでも深く、暗い誓だった。
リンは最後までモンスターから目を離さず睨み付けていた。誓を取り戻したリンに、恐怖は無かった。そしてこの邪魔者を排除する力を、無意識のうちに願った。力が欲しいと、そう願った。
願いを受け取った魔法陣が淡い光を放ち、モンスターごとリンを転送する。
誰もいなくなった部屋には、どこまでも静けさしか残っていなかった。
――ああ。またこれか。
少し前、エリアを元気なさげに、ひとりで歩いている少女がいた。
その少女は独り言が多く、内容もさっぱり意味不明であった。
「まったくどうしてこんな事に。やっぱり、俺が悪かったのかなぁ……。あんなことしなければ良かったんだ。後悔してももう遅い、か……。あぁーーー。やだやだ、考えても仕方ないや。これからどうすっかねー。しかしこんな体じゃとても。服だって、もうちょっといい物を寄こせなかったのか? 今の俺じゃあ、受け取りもできないんだぞ……!?」
下を向いてとぼとぼ歩いている少女は、ここが危険なエリアであるという事を忘れてしまっているらしい。
まるで警戒の様子を見せずにいる少女に、エリアは慈悲を与えなかった。次の瞬間には凶悪なモンスターが少女に飛び掛かる。
だが、そこには目を疑ってしまうような異常が広がった。
なんと少女は自身の数倍はあろうかという大きさのモンスター。その圧倒的な肉体を持つ個体の跳躍を、飛び掛かったモンスターよりも速く、逆に飛び越えたのだ。そのまま少女がモンスターの背を蹴る。
訳も分からず、狙った獲物が突然消えたように見えたモンスター。しかも後ろから蹴られた事で、信じられない速度で地面へと落とされる。空中で無様に身を捩ることしかできずに、痛みに悶え苦しむ。
巨体に見合った質量に速度を乗せられた一撃は、大地に放射状の亀裂を発生させた。
まるで二段ジャンプしたかのような少女が空中に手を付いた。本来ならばあり得ない事だ。見えない壁を押し退けるように縮めた手を勢いよく広げると、跳躍した時以上の速度で地に伏せているモンスターへと足を伸ばす。
モンスターの生命力は地面に激突した程度で潰えるものではない。だが高速で飛んでくる少女の足がモンスターの心臓を貫くと、一度強く跳ねながらそのまま死んだ。
相手を殺したくらいでは気が済まないのか、少女は異常な行動を取り始めた。
足をモンスターの頭に掛けると、その顔で凶悪な笑みを浮かべて吠える。
「ああもう! うるさいぞっ! 俺が今考え事をしていたのが分からなかったのか!? 大体なあ……ッ! もっと安全な所に降ろせよ! なんでお前等がいる場所なんだよーーーーッ!!」
エコーが掛かったように、少女の叫びがエリアに響いた。
一通り気持ちを吐き出して一息ついたのか、その顔は途端に笑顔になる。
だが見過ごせない事実があった。その事に気が付くと、今度は顔を歪めてしまう。
「う゛ぇえー。ばっちぃ」
少女の足や服は、モンスターの血糊でべったりと汚れてしまっていた。
「俺の一張羅を汚しやがって……。もうゆるさん!」
殺した相手に許すも何もないのでは無いか。そもそも、汚れに気を遣うように立ち回れた筈だ。
全てを棚に上げた少女が足を振る。
服や足から、まるで血糊だけが選別されたかのように振り払われる。真っ赤な線が、地面に弧を描きながら飛び散った。ついでとばかりに蹴飛ばされたモンスターが建物の壁に激突した。現代アートかのようになった壁は、いったいどの程度の価値になるだろうか。少なくとも、その建物から家としての価値は失われた。
少女がそんな様子にため息をつく。
また独り言をしていた時の顔に戻る。
「てかさー。ここどこだよ」
途方に暮れた少女。足はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。
「いや。マジでどこ? おーい! 教えてくんないのー? あーあって感じー。久々に世知辛いねぇ」
ひとりでぶつぶつ言いながら、頭のおかしな少女が当てもなく歩いていると、それまで下げていた顔を突然上げた。
「んっ? あれは、なんて無謀な奴だ。しかしあの情報量……!? まさか俺以上に頭がおかしいのか? 面白そうだな! それに、今の俺にはやるべき事があるから……。悪いな」
また自分を棚に上げた少女は、正面に見える、謎の淡い光が放たれている場所へと駆けだした。
――――――
ここまで読んでくださりありがとうございました。
序盤はかなりゆっくりで、ヒロインもうざいです。
これから毎日投稿していきますので、
面白い、主人公が可愛い! と思った方は☆や♡頂けると嬉しいです。
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