仕事脳の堅物令嬢は、恋愛脳の妹のアシストで結婚へ一直線

アソビのココロ

第1話

 学校の成績だけは良かったから、王宮文官として働かせてもらっている。

 大変にありがたいことだ。

 しかしそんな私にも悩みはある。


「アデレイド!」

「何でございましょう?」

「結婚しろと言っているのだ!」


 父の書斎に呼び出されたかと思えばまたこれか。

 我がデイビーズ伯爵家が大事だということはわかる。

 ただ父に呼び出された時、三回に一回は『結婚しろ』なのだ。

 ちなみにあとの二回は『婚約しろ』と『相手を見つけろ』だ。

 いい加減にして欲しい。


 しかし今日はいつもと違うな。

 より声に力があるというか。


「私にはムリでございます」

「そこを何とか!」

「と、言われましても……エリザベスがいるではありませんか」


 三つ下の妹のエリザベスはとても可愛いので、社交界でモテモテだ。

 一方で私は社交についてはポンコツ。

 貼り付けたような笑顔も、どうでもいい話題を延々と引き延ばすことも苦手なのだ。

 エリザベスをデイビーズ伯爵家の後継に据えて、婿を取ればいいではないか。


「何度も言っているが、エリザベスではダメだ」

「どうしてです?」

「わかってるだろう? バカだからだ」


 思わずため息が出てしまう。

 私が支えればいいではないか。

 しかし父の考えは違うのだ。

 私が伯爵家を継ぎ、エリザベスが他家に嫁げば、領は万全で他家との繋がりも得られる。

 しかし私がエリザベスの補佐では、娘が二人いる意味がない。

 損ではないか、というのだ。

 貴族として正しい考え方だけに、私も困ってしまう。


「お姉様」

「エリザベス」


 妹が入室してきた。


「私には領の経営はムリです」

「うむ、ムリだ」

「二人して何を威張っているのですか!」


 エリザベスが領主教育を学べばいいだけの話ではないか。


「人には向き不向きというものがありますから。お姉様が殿方に愛嬌を振りまくことができないように、私には領経営のセンスがないのです」

「領民が不幸になるのは忍びぬな」

「殿方に愛嬌を振りまくことができない私が結婚するのも不可能ではないですか」

「結婚は別だ!」「結婚は別です!」


 おおう、そうなの?


「アデレイドももう一九歳ではないか。これ以上は待てぬ!」

「と言われましても、私のような地味な女には殿方は興味がないようなのです」

「儂も愚かだった。王宮文官なぞ周りが男ばかりだから、放っておいてもアデレイドには縁談がたくさん舞い込むと思っていたのだ」


 私もそういうものなのかなあと思っていたけど、現実は甘くなかった。


「社交にも参加しない、婿を見つけてくることもないアデレイドには期待できぬ」

「社交は……仕事が忙しくて」

「誰も皆、忙しい中で相手を見つけて愛を育むものなのだ」

「そうですわ。お姉様の殿方を見る目にも信用が置けませんし」

「……」


 えらい言われようだ。

 でも反論できない。

 学生時代も現在も、挨拶と業務連絡以外で男性に声をかけられることなんてないから、もう一つ恋愛というものがわからない。


「アデレイドの婿は儂が見つけてこよう。文句は言わせぬ」

「はあ」

「私が見つけてきますわ!」

「「えっ?」」


 エリザベスが?

 どうして?


「お姉様は何を不思議がっているのですか。お姉様がウダウダ言っていると、私の婚約が決まらないのですよ?」

「ごめんなさい」


 その通りだ。

 最低私が家を継ぐのか継がないのかの方針を示さなければ、エリザベスの今後も定まらない。

 自分だけのことならともかく、家のこととエリザベスのことが絡むと申し訳ないという気持ちになる。


「お姉様は美人ですから、たまにどうしているか聞かれることがあるのですよ」

「えっ?」

「そうだぞ? アデレイドは美人だ」

「亡きお母様似ですよ」


 美人だなんて、侍女にしか言われたことがないのだが。


「お姉様は隙がなさ過ぎますので、声をかけづらいのだと思います」

「王宮文官は激務だからということもあるな」


 確かに私はほとんど社交に出ることがないため、接する殿方は同僚の文官ばかりだ。


「アデレイドも来年には二〇であろう?」

「そうですよ。待ったなしですよ?」

「これ以上はエリザベスの縁談にも差し支える。もう待てぬ」

「私がお姉様の旦那様を探してまいりますわ!」

「いいや、儂の役割だ!」


 父とエリザベスがやる気だ。

 どうにも逃げられそうにない。

 はあ……。


          ◇


 ――――――――――翌日、王宮にて。


「はあ……」

「あれ、どうしたんだい?」

「主任」


 いけない、仕事中なのに。

 こんな注意力散漫では、給料に申し訳ない。


「申し訳ありません。私事なのです」

「ハハッ、マリッジブルーというやつかい?」

「当たらずとも遠からずですね」

「確かアデレイドは来年二〇歳だろう? 君の優秀さは知っているから辞められると残念だけど、まあ誰もがわかっていたことだ」

「私がデイビーズ伯爵家を継ぐことになりますので、婿を探さなくてはいけなくて」

「「「「えっ?」」」」


 そこは驚くところだろうか?

 というよりも随分あちこちから声が聞こえたような気がするが?


「婿を探す? どうして?」

「結婚したり子をなしたりするのは、一人ではできないようなのです」


 いえ、冗談ではないのだ。

 ああ、一人で結婚できて跡継ぎを産めたらいいのに。

 結婚とは何て面倒な。


「いや、そういうことじゃなくて、どうして今頃アデレイドが婿を探そうとしているんだ?」

「どういう意味かわかりませんけれど、こんな激務の中に身を置いて、殿方と知り合う機会などないではありませんか」

「ええ?」

「同僚で私に興味がおありの方はいないようですし」

「いるよ! いる!」

「はい! 立候補します!」

「あっ、ずるいぞお前!」


 てんやわんやだ。

 皆さん私の婿になりたがっている?

 どういうことだろう?


「あの、デイビーズ伯爵家は金持ちじゃありませんよ?」

「そんなこと知ってる! 伊達に王宮文官やってない!」

「田舎領ですし」

「わかってる!」

「嫁は私ですよ?」

「「「「「「「「だからだよ!」」」」」」」」


 ええ? 困惑だ。

 領経営は私が行うので楽ということだろうか?

 皆ワーカホリックな人ばかりだと思っていたが。


「アデレイドは綺麗じゃないか!」

「そんなこと家族と家人以外には言われたことないです」

「ええ? あり得ん」

「いや、アデレイドには軽口を叩けない雰囲気があるから」

「「「「「「「「なるほど!」」」」」」」」


 さっぱりわけがわからない。

 これがモテ期というやつだろうか?


「アデレイドには当然婚約者がいると思ってたんだよ」

「私に? 何故でしょう?」

「王宮文官になろうっていう女性は既に相手がいるか、あるいはすぐに相手を見繕うものなんだよ」

「君、ちっとも相手を探そうって気配がなかったじゃないか」

「……かもしれません。仕事に没頭していると、煩わしい雑音が消えますので」

「何という仕事脳!」


 だって面倒だったから。

 私に恋愛は向いてないと思っているし。


「おまけに社交にも出てないだろう?」

「妹のエリザベス嬢とはパーティーで話したことがある。明らかにどこかに嫁ぐ意向だったな」

「うん、アデレイドが伯爵家を継ぐのは規定路線だと思われていた」

「なのにアデレイドには、相手を見つけようって様子が全く見られないからな。当然決まってるもんだと思うわ」

「あっ、オレ夜会の時の残業、アデレイドに代わってもらったことある」

「婿を探してる令嬢の行動じゃないんだよ!」


 言われてみればその通りだ。

 傍から見ると、私の行動は理にかなっていない。


「どうやら私には努力が足りていなかったようです」

「誰を選ぶんだ?」

「わくわくどきどき」

「私の婿になってもいいという方は、お名前と年齢と家名と何男であるか。あるいは特筆すべき事項があったらそれもですけれども、一枚の紙に書いて提出していただけますか?」

「「「「「「「「事務的!」」」」」」」」


 否定はしないけれども、家のことだから私一人で決められるわけがないではないか。

 ……皆さんに熱のこもった目で見られるのは恥ずかしい。

 意識しているわけではないけれども……。


          ◇


「ただ今帰りました」

「どうだった?」

「たくさん候補者がいたでしょう?」


 何故侍女ではなくて、父とエリザベスが玄関で待ち構えているんだろう?


「私の婿の候補ですか?」

「そうだ!」

「これを」


 私の婿になりたいと名乗り出てくださった方々の自己申告書だ。

 かなりの数が集まったのでビックリした。

 皆が一々私に対して愛を語って渡してくれたのだ。

 本当に恥ずかしかった。 


「おお、こんなにもか!」

「言ったでしょう、お父様。お姉様は実力を発揮していないだけだって」

「うむ。エリザベスの言う通りだった」

「どういうことでしょうか?」


 実力を発揮していないとは?


「エリザベスは言うのだ。王宮文官なんか貴族の次男三男の集まりなのにアデレイドが声をかけられないのは、既に決まった相手がいると思われているからだと」

「図星でしょう? お姉様は仕事場でもビシッとしていて、殿方を寄せ付けないオーラを発しているに違いありませんわ」

「少々追い込んでやれば仕事場でも隙を見せ、男が寄ってくるに違いないとな」

「作戦大成功でしたでしょう?」

「……」


 ぐうの音も出ない。


「ハハッ、選り取り見取りではないか!」

「お姉様はどなたがいいとか、希望はございませんの?」

「特には」


 王宮文官になれるような人は皆優秀だし。

 ……今まで意識したことがなかったけれども、皆素敵な人だ。


「父は領の利益になるような家の方を選ぶと思います、とは皆さんに伝えてあります」

「うむ、アデレイドにぜひとも、という者がいないのならその通りだな」

「お断わりする方々にも角が立ちませんわ」

「ところでどうしてエリザベスがそんなに熱心に見ているの?」

「お姉様の婿になる方ですよ? 真面目に選ばないでどうしますか!」

「うむ、エリザベスの言う通りだな」

「……」


 またしてもぐうの音すら出ない。


「お父様、この方はダメです。失恋を引きずっていてウザいです」

「おお、なるほど」

「こちらの方は社交的ですけれども、性格的にお姉様とはどうですかね? あっ、その方は落ち着いていますよ」

「ハハッ、エリザベスの意見は参考になるな」

「……」


 全員知ってるのか。

 エリザベスの社交レベル高っ!


「ごめんなさいね。エリザベスに頼ってしまって」

「あら、お姉様の婿候補を見せてもらうことは、私にもメリットがあるのでいいんですのよ」

「メリット?」


 何のメリットがあるのだろう?

 次男三男ではエリザベスの連れ合いにはならないと思うのだけれど。


「伯爵位を継ぐお姉様の婿になりたいということは、王宮文官を辞めてもいいということと同義なのですよ」

「もっともですね。それが?」

「……お姉様の婿が決まったら発表しようと思うのですけれども、私、メイフィールド侯爵家のクレイグ様の婚約者になるのです」

「そうだったの? おめでとう」


 クレイグ様といえば私と同い年、メイフィールド侯爵家の嫡男だ。

 重厚感のある立派な方と記憶している。

 時々エリザベスの話には上っていたが、婚約にまで関係が進んでいたんだな。


「お姉様が優秀であるとクレイグ様に評価されていたから、私を選んでもらえたということがあるのですけれどもね」


 私がクレイグ様に評価されていたとは知らなかった。

 エリザベスのためになってよかった。


「メイフィールド侯爵家の王都タウンハウスの家令が、高齢のために辞去を願い出ているのです。代わりの人員を探しているのですよ。元王宮文官なら立派に務まるでしょうからね」

「……公務員の露骨な引き抜きはダメなのですよ?」

「わかっていますとも」


 エリザベスはちゃっかりしている。

 全然バカなんかじゃない。

 エリザベスがデイビーズ伯爵家の跡継ぎでも十分務まったのではないだろうか?

 いえ、私に他家の嫁など務まらないから、父の目論見通りにするためには、やはり私が伯爵を継がないといけないな。

 騙されたような気分だ。


「ともかく万々歳だ。デイビーズ伯爵家に栄光あれっ!」

「私とお姉様の未来が祝福されますように!」

「……」


 この二人には敵わないなあ。

 いえ、これが幸せの形なのかもしれない。

 私も仕事に向き合う時のように、真剣に婿を選ばなければならないな。

 自己申告書の束を手に取る。


「おお、ついにアデレイドが結婚に対して本気になったか」

「エリザベス、どう選ぶべきでしょうか?」

「王宮文官になれるほどのエリートでしたら、実務能力は問題がないということではありませんか。領経営が大変と言っても、王宮文官の激務ほどではありませんわ。暇に飽かせて余計なことをしない人、浪費家でない人、趣味の合う人と絞っていけばいいのでは? お父様と相談しながらがいいわよ」

「なるほど……」

「候補者が一本化されると、嫌でも意識すると思うわ。それが恋よ」

「わかった、やってみるわ」


 父とエリザベスの目が生温かい。

 そうだ、私は恋愛初心者。

 私は努力は得意なのだ。

 絶対に豊かで幸せな未来をものにしてみせる!


「……アデレイドのスイッチが入ったようだな」

「……こうなれば安心ですわ。お姉様は優秀ですから」


 聞こえてるよ。

 べつにいいけれども。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

仕事脳の堅物令嬢は、恋愛脳の妹のアシストで結婚へ一直線 アソビのココロ @asobigokoro

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る