誘拐少女と探偵 - 16

 月乃ちゃんを連れてここから逃げ出す。

 一晩考えた結果、僕はそう決断した。


 紅坂さんを完全に黒と決めつけたわけではないが、疑念が消えない以上、逃げ場のないこの部屋にいつまでも留まっていては、襲い来る災厄から自分自身や月乃ちゃんを守ることはできない。僕の勘違いだったとしたら、後で笑い話にするだけの話だ。


 脱出の時間だが、夕食を終えた男が外出するタイミングがベストだろう。これまでの経験から、家を空ける時間はどんなに短くても一時間半はある。それだけあれば逃げるには十分だ。


 問題は昨日のように外出していると思っていた男がまだ家に中にいて鉢合わせしてしまう可能性があることだ。同じミスを犯さないよう、慎重に行動する必要がある。


 あれこれと考えて迎えた本番。

 何度も脳内でシミュレーションを繰り返してから臨んだが、結果的からいうと計画は失敗に終わった。


 原因は僕が危惧していた男との遭遇ではなく、月乃ちゃんだった。後は彼女とともにここから出るだけという段階で、月乃ちゃんはが大暴れしたのである。


 その様子を見て、僕は大事なことを失念していたことに気が付いた。


 そもそも僕がここで大人しく囚われの身になることを選んだのは、月乃ちゃんが家の外に行くことを嫌がったからだった。逃げ出そうとすればこうなることは、初めてこのマンションを訪れた日に体験していたはずだ。


 尋常でなく取り乱している月乃ちゃんを前に、計画は断念せざるを得なかった。

 月乃ちゃんを宥めすかしているうちに男が帰宅し、逃げ出すことはできなかった。


 仕方がないので、今日も紅坂さんへの報告をボイコットしただけで終わった。二日続けて連絡が途絶えた状況を怪しまれる可能性は大いにある。明日にでも紅坂さんが僕らの様子を窺いにやってくることを考えると、残された時間はほとんどない。焦りが募っていく。


 いろいろと考えた結果、寝静まった月乃ちゃんを抱きかかえて脱出するしかないという結論に至った。寝ている彼女を連れて脱出してしまえば、起きてから月乃ちゃんがどれほど喚こうが、いくらでも時間を使って宥めればいい。


可哀そうではあるが、背に腹は代えられない。


 となると、脱出は深夜に実行することになる。当然、男が室内にいる状況で実行することになる。男が寝床についてから深い眠りにつく時間帯を待ち、物音一つ立てずに行動する必要がある。大きな音を出せば、最悪の事態を招くことになるだろう。

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