この中に魔女がいる - 11
鏡音とアリスは床に座ってモノポリーをしていた。
どちらが勝っているかは一目瞭然だ。鏡音を称えるアリスと、自分の前に積まれた札束を凝視しながら首を傾げる鏡音。ゲームは違えど、その光景は昨日と変わりなかった。
鏡音は胸に某スポーツブランドのロゴがあしらわれた、灰色のジャージ姿だ。彼がジャージ以外を着ているところは見たことがなかったが、同じジャージを着ているところも見たことがなかった。彼なりのこだわりがあるみたいだ。
一方のアリスは昨日と同じ服装をしていた。彼女はいつも同じ上下黒一色の格好だ。
「また勝っちまったぜ。これまでのモノポリーでの戦績はどんなんだっけ?」
「兄様の三十八連勝ですね。さすがです」
鏡音は両手を上げて伸びをすると、そのまま背中から床に寝そべった。
「それで何の用だ? 今日も人が死んだってことは、午前中にお前から聞いて知ってるぜ」
寝たままの格好で鏡音が聞く。
「相談があるんだ」
「兄様に相談? 身の程をわきまえなさい」
鏡音は毒づくアリスを片手で制する。
「聞くだけ聞くぜ」
「これ以上の殺人を止めてほしい」
「無理だな」
即答だった。一考すらする気はないみたいだ。
「もう十分だ。これ以上犠牲者を出すことは俺の本位じゃない」
「だから無理だって。事前に俺の殺し方については説明しただろ。一度始まったら、もう止められない」
鏡音の言う通り、俺はすべてを理解したうえで彼に殺しを依頼をした。自分の運命を変えるため、他人を踏みにじることを自らの意志で選んだのだ。だけど、短い間とはいえ交流を持った人たちが目の前で死んでいくことに、心が動かなかったはずがなかった。中途半端と蔑まれようとも、これ以上の犠牲はなんとしても喰い止めたい。それが俺の本心だった。
「どうしてもダメなのか?」
「どうしてもダメだな」
「金なら出す」
「そういう問題じゃない」
鏡音が呆れ顔で言い捨てた。聞き分けのない依頼人にうんざりしているようだった。
「今さらどうしたんだ? お前が望んだことだろうが」
「次に殺されるのは、きっと楓夜子だ」
「だったら何だってんだよ」
俺は答えることができなかった。自分でもどうしてそんなことを言ったのかがわからなかった。
俺はただ黙って鏡音を見据える。
「勝手な真似はするなよ」
鏡音は珍しく真剣な顔をしている。
懇願でも忠告でもなく、脅迫だった。
「以前した助言を繰り返し言っておく」
鏡音は口元に笑みを浮かべる。
「俺から五メートル以内にいる間は、お前の命は俺たちが保証する。だがそれ以上離れたら、俺はもう知らない」
「俺が死んだら、後払いになっている成功報酬は入らないぜ」
「そのときはただ働きってことになるな。よくあることだ、気にするな」
しばし視線がぶつかった後、俺は逃げるように背中を向ける。それっきりなにも言ってこない鏡音と、初めから俺に対する興味を欠片も感じられないアリスを置いて俺は部屋を後にした。
廊下に出た俺は一度立ち止まる。
「夜子が死んだからと言ってなんだというのだ」
さっきからその質問が頭の中で繰り返している。別にどうってことはない。たとえお互い生きて島から出たとしても、二度と会うことはないだろう。それに魔女である彼女が死ねば、新たな犠牲者が生まれることがなくなる。それはいいことのはずだ。
しかし俺は見てしまった。未来が楽しみだと無邪気に笑う夜子の顔を。こんな絶望的な状況でも面白そうに駆け回る姿を。
彼女は俺と違い、光り輝く未来があるのだ。
気づけば俺は階段を降りていた。勢いそのまま夜子の部屋へと向かう。
ノックをすると相手が誰かも確認せずに扉が開いた。いくらなんでも不用心すぎるのではないかと心配になってしまう。数百年の生涯を送ると、人は警戒心が希薄になってしまうのだろうか。
顔を覗かせた夜子は突然の訪問に驚いきの表情を浮かべた。しかしすぐにいたずらっぽい笑みを浮かべると「そろそろ来る頃だと思ってましたよ」とうそぶいた。
「犯人を止めたい。協力してもらえないか」
夜子は斜め上に視線を上げて何かを思案した後、右手でピースサインを作った。
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