第22話 失意のレイメイ
船長が殺されて二日が経った。未だに僕の中にはあの時の恐怖、何もできず目の前で船長を殺された悔しさ、無力感が鮮明に残っていた。
「アンタ、また暗いこと考えてるでしょ。自分のせいだと自分を追い詰めることは逃げにはならないよ」
僕の隣に座っていた女性が言った。
彼女は九十九マイさん。アマテラスの専属の医者らしい。僕も二日前に肩を撃たれていて、その傷がまだ完治していないので、僕の治療役兼護衛として僕のそばについてくれている。
「でも実際、僕は目の前にいたのに何もできなかった。船長が死んだのは僕のせいで――」
「ネガティブトークはもう止めろ。大体、アマテラスが本気になっても未だに捕まえられないような相手なんだ。アンタが止められなかったのも無理はないさ」
九十九さんは僕を励ましてくれる。でも、それでも僕は自分のせいだと思うのを止められなかった。
「船長があの日僕たちと会ったのは、僕が早く会いたいと願ったからです。だから病院の人達はわざわざ船長を海岸まで運んで話をさせてくれた。船長の状態が安定するまで僕が大人しく待ってて、病院の中で話をすればこんなことにはならなかったはずなんだ。僕のせいなんだ。僕が焦ったから。僕が船長に無理をさせたから――」
「もう止めろ! お前がお前を責めて何になる!? 死んだ人間はな、もう二度と帰ってこないんだよ! アタシも新人の頃は自分の担当してた患者が亡くなって泣きじゃくったさ。でも、泣いて立ち止まってたら、別の命を救えないってことに気が付いたんだよ。アタシ達アマテラスは、止まるわけにはいかないの。人を助けられなくても、仲間を失っても、悪は待ってはくれない。容赦なく牙をむいて、人の命を奪い続ける。そんな奴らを止めるために、アタシ達は止まっちゃいけないんだよ! 分かったらもう自分を責めるのは止めろ。前を向いて進みだせ。お前がずっと泣きじゃくっていたら、その残りの三人の命も奪われるぞ!」
九十九さんの話を聞いて、僕は思い直した。僕がここで働くのを決意したのは、僕みたいに悲しい別れをする人を無くしたいと思ったからだ。人を守るためには、僕は止まるわけにはいかない。この世界には、僕以上に辛い思いをしている人たちがいるんだから。
「…九十九さん、ありがとうございます。僕、自分が何をすべきかはっきりと思い出しました」
「…そうか。なら良いんだよ」
九十九さんは僕の一言を聞いて安心したようで、箱から道具を取り出して僕の処置に移った。
「…よし、こんな物で良いかな」
「九十九さん、ありがとうございま――」
僕がそこまで言ったその時だった。突如として玄関のドアが開き、誰かが入って来た。
「おーい、東雲レイメイ! ここにいるんだろォ!?」
その人は肌が黒い大柄な男だった。僕の事を見つけるなり、すぐさま僕の方に駆け寄って来た。
「お前、異世界から来たって本当か!? 異世界ってどんなトコだ? オレに教えろ!」
「え、ちょ、ちょ、ちょっと、どうしたんですか!? あなた誰ですか!?」
屈強な男が突然僕の元に詰め寄って来たので、僕は軽い恐怖さえ覚えた。
「おいビリー! 少しは静かにしろ! 怪我人だぞ!」
九十九さんが例の男に注意した。ビリーと呼ばれたその男は、九十九さんの声を聞くと少しだけ大人しくなった。
「おいビリー! お前勝手に向かいやがって…、もっと落ち着いた行動はできないのかッ!?」
続いて今度は肌の白い大柄な男性が入ってきて、ビリーに組み付いた。
「シュトラウスッ! オレはこのジャパンのノベルでしか聞いたことがない異世界が実在していることに驚いているんだッ! レイメイと話を聞かせろ! 真実を知らせろ!」
シュトラウスと呼ばれた男がビリーと喧嘩を繰り広げる。また暫くして、今度はやっと見知った人物が入ってきてくれた。
「黄昏さん!」
「東雲落ち着け。コイツらは変人だけどウチの社員なんだ。不審者じゃないから通報しないでくれ!」
あの黄昏さんがかなり焦っている。この二人が変人だという事はすぐに分かったが、まさか同じ会社の社員だったとは。
「はい二人とも落ち着いて。まずは自己紹介をするんだ」
黄昏さんの指示で、二人は大人しくなり、自己紹介を始めた。
「オレはビリー・テイラーだ。三年くらい前にアメリカのギャングを辞めてジャパンに来たところを柊に誘われてアマテラスに入った。ヨロシク!」
「オレはシュトラウス・ブラウン。そこのビリーのバディだ。俺もアメリカで刑事をしていたが、流れ者になって日本に来た時に柊に誘われた。宜しく頼む」
ビリーさんとシュトラウスさんが僕に握手を求めたので、僕も握手を返す。二人は先ほどとは別人のような笑顔で優しく握手してくれた。
「つーかお前ら、もしかして社を抜け出してまでここに来たのか? 今普通に勤務時間中だろ」
九十九さんがビリーさんとシュトラウスさん、黄昏さんを見て言った。
「あっ…」
「えっとそうだ! レイメイを社に連れて来ようと思って。それで呼びに来たんだよ!」
ビリーさんは凍り付き、シュトラウスさんは必死で弁明を始めた。
「なあ、俺は二人を追いかけてきただけだからギリ許してもらえるよな? 実際俺いなかったら大変なことになってただろうし」
「まあ黄昏は許す。でも、お前ら二人はダメだからな! レイメイは今やっと落ち着いてきたんだ! それを荒らしやがって…。ジンのところ行くぞ! ついて来い!」
九十九さんは僕の護衛を黄昏さんに任せて、ビリーさんとシュトラウスさんを引きずって社へと行ってしまった。
「相変わらずアイツらは滅茶苦茶だぜ」
今回ばかりは黄昏さんの言う通りだった。
でも、まさかこの後あの二人と任務を共にすることになるとは、この時は思いもしなかった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
設定こぼれ話
九十九マイはアマテラスの創設メンバーの一人である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます