番外編 加害者家族の逃亡生活

 僕は、佐藤さとうただし

 保育園児だ。


 家族構成は、父、母、幼稚園年長の兄。

 だけど、この平和な日常は兄によって、崩れていく。

 

 兄が同じ幼稚園の子を、殺してしまったから。

 未成年であるために、本名は公開されなくても、噂は近所や保育園にも広まった。


「あれって、犯罪者の弟じゃない?」


「近寄らないでおこう」


 僕は保育園で孤立して、いきづらくなり、母も保育園の転園を検討しても、どこも断られるために、母は仕事を辞めざるを得なくなった。


 幼稚園の入園をしようとしても、やはりどこも断られる。

 

 そして、どういうわけだが、両親は離婚して、母と二人暮らしとなり、僕の苗字は佐藤から鈴木に変わった。


 県外に飛行機に乗ることになり、僕は幼稚園にも、保育園にも行けず、母は貯金だけの生活になった。


 数年の月日が流れ、僕は小学校に入学することになった。

 ランドセルをしょっての登校。

 新しい場所で、友達ができるのかと楽しみにしていた。


 だけど、やはり噂はそこでも広がっていた。


「あれ、犯罪者の家族じゃない?」


 どうして、知っているのだろう・・・・?


 マスコミは、苗字を変えても、家にやってくる。

 幼稚園にも、保育園にも行けない。

 そして、小学校は義務教育のはずだけど、誰も受け入れてくれず、どこまでも情報は流れて、誰なのか特定されていく。


 家に帰れば、母は自宅で首を吊って自殺していた。


 僕は、その場で泣き崩れた。


 こうして、僕は児童養護施設に行くことになるも、やはりここでも「加害者の家族」として有名になっていた。


 どこにも、逃げ場はなかった。

 僕は、どこに向けばいいのだろう?



 僕は、家出をした。

 どこに向かうかなんて、わからない。


 ここで、黒いフードを目深く被っている人に走っているところに、ぶつかった。


「いたっ!


ごめんなさい!」


「いえいえ、こちらこそ、異世界に来て、感動のあまりぼーとしていましたので」


「異世界・・・・?」


 そんな世界が、本当にあるのだろうか?


「おじさん、本当に異世界からきたんですか?」


「そうですとも。


それが、どうかしたんですか?」


「僕も、異世界に行きたいです!」


 そうだ。

 誰も知らない場所に向かい、そのまま逃亡生活を続けよう。


 兄は犯罪者だし、父はマスコミにいまだに追われているし、母は死んじゃったし、僕の逃げ場は宇宙とか異世界しか思いつかない。


 斜め上の発想かもしれないけど、当時の僕はフィクションの出来事も簡単に信じてしまうような純粋な小学校低学年だった。


「異世界に一度来たら、こちらの世界に帰らなくなりますが、それでもいいんですか?」


「僕、それでもいいです!


むしろ、なんのための家出ですか!?


僕は、帰っちゃだめな身なんですよ!」


 僕は、早口で伝えた。


「何を言いたいのか、よくわからないんですけど、坊やが帰ってこないと親が心配しますよ。


喧嘩でもしたんですか?」


 僕は、考え込んだ。

 異世界に連れていってもらうためには、正当な理由がないとだめなのか。

 でも、自分が犯罪者の家族ということは言いたくないし、そのことだけはふせて。冷静に説得をしよう。


「親がいないんです」


「え?」


「父は行方不明で、母は自殺したんです。


だから、家族なんてものがいないんです」


「そういうことなら、警察に保護してもらいましょうか?」


 そんな発想があったか。


「警察もだめなんです」


「警察がだめなんてことあるんですか?」


「僕の居場所は、警察とかそんなんじゃなくて、異世界とか宇宙なんです。


わかっていただけますか?」


「正直に言うと、君の説明だけじゃ、こちらには事情がわっからないので、警察に説明したほうがいいのでは?」


 こうなったら、本当のことを言うしかないのか・・・。

 僕は、自尊心が傷つけられるのが、自分でもよくわかった。


「犯罪者の家族・・・」


「なんて?」


「僕は、犯罪者の家族になってしまったんです。


数年前に」


「それで、異世界転移したいということですか?」


「はい。


鈴木正。


これが僕の名前なんですけど、どこにいても有名になってしまったんです」


「この世界では、犯罪者の家族も同罪という扱いですか?」


「はい」


「異世界に行けば、君を知らない人しかいないでしょうし、それに過去は消えないですが、それでいいんですか?


過去に向き合うという選択肢もありますし、この世界にいたままわかってくれる人を見つけるという方法もあります。


人生には、複数の選択肢があります」


「それでいいんです。


過去と向き合うとか僕は耐えきれないですし、それに母は異世界転生しているかもしれません」


「漫画の読みすぎではないですか?


実際は、そんなことなかなかないですよ」


「え?」


「死んだら、たいていはそのままですし、仮に異世界転生しても、記憶は引き継がれません。


だから、亡くなった人に会えるということは、期待しないことですね」


 僕は、ショックだった。

 どこかで母に生きてほしいとか、会いたいって気持ちがあったから。


「なら、僕は知り合いのいない異世界に行きたいです」


「仕方ないですね。


そこまで言うのなら、連れていってあげましょう」


 俺は、鈴木正こと、異世界ネームはコレイトだ。

 異世界ネームというのは、異世界転移者は本名で名乗ると大体がキラキラネームのような扱いを受けるがために、異世界だけで通用する名前を名乗ることを異世界ネームと言う。


 コレイトはスペイン語で「正しい」と言う意味らしいけど、俺はそんな人生を歩めている気がしないんだ。


 だって、俺は犯罪者の家族で、その現実から逃げるために異世界に来てしまったのだから。

 あれから数年の時が流れても、きっと向こうでは誰かが俺の噂をしているに決まっている。


 俺は、行き場のないところをふらついていた。

 この場所は俺のことなんて、誰も知らないはずなのに、知っている人がいたらこわいという恐怖が湧き出てくる。

 俺と同じような異世界転移者もいるかもしれないし、そんなことほとんどの確率であるはずがない。

 あるはずがないのに、俺は自分が何に対してこわがっているのか、全然わからなかった。


「俺は、どこへ向かえばいいんだろうな・・・・?」


 そう、1人で囁いた。

 知り合いもいない、この広い世界で、俺は何がしたいのだろうか・・・?


「どこへ・・・・?


どこへ言ったのか?」


 声のした方を見ると、一匹の宙に浮いているコアラ。


「えええええええー!」


 コアラが、飛んでる!?


 どういうことだ!


「何を驚いているのさ?」


「コアラだよな?」


「そんな認識なのか?」


「どっからどう見ても、コアラだし・・・・」


「おいらは、サルヴァトーレ。


コアラじゃない。


ちゃんとした名前もある。


もしかして、サルヴァトーレ様を知らないのか?」


 俺はどこかで聞いたことあるかどうか記憶を探ってみたけど、ない。


「ごめん、知らない」


「常識とかないのか?」


 その言葉は、すごく傷つく。

 俺にも、プライドがある。


 それなら、議論してやる。


「この世界では有名かもしらないけど・・・」


「この世界で有名なんて、一言も言っていない」


「え?」


「この地域で有名なだけだ。


遠方に向かえば、おいらのことを知らない人はおる」


「自慢をしたいのか?」


「それが目的ではない。


おいらは通りがかりの貴様を助けたいと思ってな」


「俺を助ける・・・・?」


 もしかして、俺が犯罪者の家族だということを知っているのか?

 だとしたら、助けると言いつつ、俺を騙そうとするかもしれない。


 あの頃みたく、簡単に人を信じられなくなってきてるんだ。


「どこへ向かうかわからないという発言をしておったな。


目的がわからないのなら、案内していこうと思ってな」


 その発言を聞いた途端、俺は胸をなでおろした。

 気付いてない。


「向かいたいところなんて、ないんだ」


「冒険者ではないのか?」


「それとは、意味が違ってくるかもな。


俺、目的もないし、ただ何か楽しいことがないかなって」


 自分でも、何を言っているのかわからない。


 サルヴァトーレは、首をかしげていた。


「家出か?


それとも、迷子か?


身元がわかれば、家まで送り届けてあげるが・・・・」


 こういう解釈もあったか。


「いいんだ。


目的もないし、サルヴァトーレがどうこうすることではないかも。


俺は大丈夫だから」


「そうか?


だけど、この地域は治安が悪い。


ここにいることは、危険だ。


だから、昼間のうちに移動できるようにしておいたほうがいい」


「え?」


「この様子だと、貴様は何も知らない様だな。


この場所は誘拐事件、殺人事件が、年間で何百件も起きていると言われる、世界で一番治安の悪い地域、クライム地方と呼ばれるところだ」


 クライム地方?

 聞いたことがないな。


 その前に、俺は異世界でのことについて、知らないことのほうが多い。


「俺は、どうすれば・・・・?」


 俺はぞっとしながら、聞いた。


「昼間でも移動できるうちに、移動したほうがいいという話だ。


今の時間でも、危険だがな」


 突然、どこからか爆弾の音がして、女の人の叫び声が聞こえた。


「きゃあああああああ」


「爆弾だ!


今すぐ、逃げろ!」


 俺は、自分でも顔が青ざめることがわかった。


「ほら、言わんこっちゃない・・・・」


「そんなこと、言っている場合か!


怪我をしてるかもしれない!


死人が出ているかもしれない!


どうにかできないのか?」


「だとしたら、どうする・・・・?」


「え?」


 サルヴァトーレが真剣な顔をしていた。


「一度、被害にあった人は助けられない。


助からない。


爆弾被害が出たところに向かえば、真っ先に巻き込まれる。


そんな中で、どうするのさ?」


「それは・・・・」


 俺は、答えに戸惑っていた。


「さ、この地域から抜け出すことだけを考えよう。


そうすれば、貴様だけでも助かる」


「うん・・・」


 どこか納得がいかないけど、従うしかなかった。

 俺はサルヴァトーレの後についていきながら、逃げた。


 爆弾の音があっちこっちで聞こえ、その度に叫び声や子供の鳴き声まで聞こえた。


「あのさ、俺は君に名前言ったけ・・・?」


「そういえば、言ってないな。


貴様、名はなんと言うんだ?」


「俺は、コレイトって言うんだけど、この名前は身に覚えとかあったりする?」


「ないな。


コレイトか。


有名な活躍をしていれば、どこか歴史書でも書かれているだろう。


貴様、そこまでの活躍でもしたのか?」


 この異世界は特に目立ったことはしていないとは思うけど、向こうの世界では犯罪者の家族として有名になっている。


 実際に殺人を犯したのは俺ではなく、兄貴なんだが・・・。


「してない。


この世界では」


「この世界では?


世界なんて、ひとつしかないだろううに」


「それもそうだな。


ごめんな、おかしなことを言って」


「おかしすぎるだろう?」


 このサルヴァトーレは、世界がもうひとつあることなんて、知らないんだ。

 だとしたら、幼い俺をこの世界に連れ込んだ、あの謎の人は何だんだ?


 考えてもわかるわけがない。

 とにかく、今を乗り切ることだけに専念しよう。


「ママー!」


 泣き叫んでいる子供の声が聞こえた。


 え?

 ママ?


「ママー、死んじゃやだよー!」


 俺は、ここで立ち止まった。


「コレイト?」


 サルヴァトーレの呼びかけなんて気にならないくらいに、俺の思考は、幼い子どもと母親の方にあった。


 幼い子どもに、ママ・・・・。


 脳裏に、幼い俺と自殺した母親の記憶が蘇った。


 そうだ!

 俺は、助けなきゃ!


「サルヴァトーレ、ごめん。


俺は救わなくちゃいけない人がいるんだ」


「無理だ!


こんなの助けられない!


助からないんだ!


せめて、貴様だけでも、コレイトだけでも・・・・」


「なぜ、俺にこだわる?」


「え?」


「出会って間もない俺を、ここまで助ける理由があるのか?」


「あるかないかの二択で聞かれたら、それはないって答えるさ。


だけど、どうしてだろう?


貴様なんぞ、本当はどうでもいいはずだけど、なぜかほうっておけなくて、

貴様なんか知らない初対面のはずだけど、なぜか懐かしい感じがしてくるんだ。


おかしいのは、おいらの方かもしれない。


おいら、過去の記憶とかないから、自身の出自とか正体とか聞かれてもわからないけど、貴様だけは、貴様だけは、どこかで昔、会ったことある気がするんだ・・・・」


「ごめん、俺は君なんて知らない」


「だよな」


 もし、昔、サルヴァトーレみたいな宙に浮いているコアラと出会ったいたが、忘れるわけがない。

 憶えていないというのなら、それは最初から知らないということになる。

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