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陶来鍬紘

第1話出会い

着いたぞ----


車の後部座席でいつのまにか寝ていたオレは父親のその声で目が覚める。

長時間車で寝ていたせいか身体がカチカチになっていて、車から降りて背伸びをしたときは新天地にきたというわくわくした気持ちを遥かに凌駕して、自由に身体を動かせることが嬉しくてたまらなかった。


時間は朝6時


休憩しながら松山から車で18時間。運転していた親父には申し訳ないが苦痛で仕方なかった。



---ちょっと、走ってくる。



そう言い残して、ランニングに向かった。

ラジオで三月としては暖かく五月並みの気温になると言っていた。まだ、早朝だったが風もなく静かで走っていてとても気持ちよかった。

ランニングは好きだ。何も考えずボーっとしながら身体を動かせるからだ。少し走ると川が見えた。川沿いにまっすぐ走れば迷わないと思いそこを走ろうと決めた。引っ越しの片付けがあるのをすっかり忘れて夢中で走った。

引っ越すと知ったのは年が明けてからだった。正直引っ越しに関してはショックだったが、兄の為と言われて何も言えなかった。松山から東京と言われたのでビビっていた。けどテレビでみていた東京とは違い少し好きになれそうな風景でホッとしていた。

街が段々動いてくるのを感じそろそろ戻ろうと引き返した。

迷ってしまった。どれくらい走っただろうか。どれくらい時間が経ったのか…引っ越しをサボった罰なのか、ただ単に自分がアホなのかポケットに入れておいたはずの携帯も車に置いてきてしまったことに今更ながら気づき不安になった。東京の人は冷たいなんてよく聞いたものだし…川に沿って進めばいいもののすっかり忘れていた。

すると、目の前に大学生くらいだろうか?野球のユニホームを身に纏った背の高いガッチリとした身体。浅黒くて太い眉毛で坊主頭にも関わらず、何というか無害そうな顔。この人なら丁寧に教えてくれると思い、思い切って話しかけてみた。


---すいません。道をお聞きしたいんですけど。


細かい住所は覚えて居なかったが何となく町の雰囲気を伝え家の前にあった赤い看板クリーニング店をいうと、彼の家も近いらしく案内してくれるとのことだった。


---生田くん、ポジションはどこなの?いや、待て!当てるあてるぞ…。


と、眉間にしわを寄せ腕を組んで考え始めた。そして、閃いた。


---わかった。ピッチャーでしょ!


彼はドヤ顔しながらそう言ってきた。

僕は驚きを隠せなかった。名前から野球をやっていたことやポジションまで当てられたからだ。


---びっくりしたでしょ?まあ、ボーイズのジャンパー着てるし、ここに名前書いてあるから。 ピッチャーは何となく。何か、プライド高そうから!


無邪気で裏表の無さそうな笑顔でそう言ってきた。彼はデリカシー無い人だと悟った。

面倒だった。いや、何故か悔しかったので悪いか!なんて悪態ついた感じ言い返してしまった。

デリカシーの無い野球のユニフォームをきたそいつはトガシケンタと名乗った。ポジションは捕手らしく、俺たちバッテリーだな!なんて何も考えて無さそうに言うので、イラッとして無視して歩いた。

トガシは突然足を止める。


---なあ、お前の球取らせてくれよ。


彼は突然言った。自分のことしか考えていないので、僕はまたムッとした。

それを察してか、焦りだした。


---頼む!1球だけでいいから!いや、何となくお前只者じゃ無い感じがするし、道案内したし。


突然の焦りようと慌てようで少し面白かったが、1球だけ投げることを約束した。もう少し慌てぶりを見ておきたかったからだ。


富樫のカバンからミットと、グローブをだすと、1つ渡してくれた。一瞬で見てわかる。グローブをとても大切にしている。新品同様で良い使い方をしている。


久しぶりに投げてくれと言われて本当は嬉しかったのかもしれないこの人の笑顔に答えたかったのかもしれない。

だから、遠慮はしたくなかった。


渾身の球を投げようと思った。


本気で


置いてきたものを取り戻すかのように


時間を無理やり動かすかのように


肩を作るまで時間は掛かったが、声をかけながら丁寧にキャッチボールをしてくれた。この人も野球が心底好きなんだと思えた。すこし、うらやましく思えた。

本気で投げる合図を送ると彼は座ってミットをこっちに向けてくれた。

僕は思い切り腕を振った。指先に集中した。

そして、思った。取れるもんなら取ってみろと。


---スバーンっ!!!


木々のざわめきも川のせせらぎも鳥のさえずりも全てが止み、まるで世界の時間が止まったかのようにミットに収まったボールの音だけが胸に響いた。

投げる方も取る方もお互いにお互いの目を見つめていた。

投げるほうも取る方もお互いにお互いのことをすごいと思っていた。

投げた方は思った。渾身のボールだった。投げた時の感覚がまだ残ってるくらいに指とボールが巧く交わった気持ちのいいボールだった。松山時代、交わってないボールでさえチームメイトは取れなかったボール。しかし、今までで最高に気持ちよかったボールを彼は一瞬で取った。

さすが大学生だ。とはっきり思う前に彼は大きな唸り声をあげた。

その後、まるで子どものようにキラキラした目でこっちまで来られた。


---え?!すごくない?今の球本気だよね?速過ぎて取れたか全然自信なかった!


彼になんて言われたかは実は覚えていなかった。むしろ、今まで投げてきた中で最高のボールを今投げれた事に感動していた。指先の感覚だけ残りそれを確かめるように親指でこすった。


しばらく夢見心地で走って家に戻った。お礼とお別れだけ言い、後ろを振り返らず歩いた。ここまで来れば案内無しでも帰れた。到着する頃には昼を過ぎていた。

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