第108話

 最近は、人間の体についても調べ出した。毒を研究するだけではなく、人間の体を知ることで、より質の高い毒を製造できる。医療大国ドイツ。論文なんかも読む。難しい内容ではあるが、面白い。『タンパク質』というものは、まだまだブラックボックスだ。


 一六歳になる頃には、後期中等教育の一〇年生としてひとつの区切りとなるが、勉強などせずとも成績はいいし、より行動力も上がって毒にかける時間は増えた。ミス・マープルのことを思い出すことも次第に減り、ただただ、様々な毒を試す日々。カエルやイモガイなどの毒も仕入れ、次のステップへ。


 (あぁ……誰かに試したい。男はダメだ。あんな固い生き物。女性の柔らかな肢体。これに尽きる……)


 販売するだけだったアリカだが、使用してみたいという欲がさらに溢れ出る。通うケーニギンクローネ女学院は、もちろん女性のみ。かつてのメールを送ってきたヤツの気持ちが半分わかった。だが、自分が使うとなると、人は選ぶ。毒は芸術だ。相手は美しく聡明でなければならない。


 あまり学校生活に馴染みはないが、ひとり、思い浮かぶ人物がいる。


 ユリアーネ・クロイツァー。彼女はいい。可愛らしく、柔く、清らかだ。申し分ない。もうひとり候補はいるのだが、学年も違うし学院内でトップクラスに人気がある人物。迂闊なことはできない。それに比べてユリアーネは孤高の存在。つけ入る隙はある。


 どの毒を使うか。まだ未完成だが、記憶を改竄する毒。実験という意味では、最適かもしれない。アリカも年頃だ。性欲だって人並みにはある。成功すればそれも解消できる。失敗しても、性の対象として見られている、とユリアーネから拒絶されるだけ。元々会話もない今と、なにも変わらない。


 俄然、製作に力が入る。あの細くて白い体。アリカの傷だらけ、毒だらけの体とは違う。身勝手だとはわかっている。運が悪かったと諦めてくれ。滴り落ちる涎など気にせず、自身の体を弄る。


「……あ?」


 火照る体を静めていると、パソコンにメールが届く。初めての客だ。内容を確認する。


 《数時間で確実に死に至らしめる、そんな毒が欲しい。解毒剤があればなおいい。ないならないで構わない》


 それだけ。確実な殺意を感じると共に、解毒剤を欲するあたり、相手をなぶるつもりなのか、それとも他の目的か。過去で一番の興味を持った。頭の悪いヤツは文が長く、読む気にもならない。余計な情報が多い。いい文章は、こちらに想像させる。


 《ありがとうございます。それでは服毒される方の性別、身長や体重などをお願いいたします》


 アリカはドキドキと心臓を震わせながら返信する。きた、やっときた。こういうのをずっと待っていた。毒の量を調整するために、自分なりの方程式がある。それに当てはめるために必要な情報。まぁ、おおよそなんだけどね。個体差あるし。

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