第100話
対局はシシーの勝利で終わり、次の仕合にコマを進めた。日程はまた追って。二人は近くのカフェへ。まるで友人同士の休日ではあるが、何度も言うが前日に命のやり取りをしている。
「あーあ、読み間違えちゃったか」
悔しそうに、イスに寄りかかったり前のめりになったり、せわしなくサーシャが揺れる。レジ横のショーケースには様々なケーキがあり、どれにするか悩んだ。結果、甘さ控えめのロシア風チーズケーキ。激甘にしておけばよかったかな、とヤケ食いしたい気分になる。
夜はバーもやっているらしいカフェで、カウンター席もあり、後ろの棚には酒瓶が飾ってある。簡素な木製の小さなラウンドテーブルとイスの席が五席、壁際にソファとイスの席が三席の、小さなお店だ。
「たしかに、終盤の◆クイーンb3。あれは悪手だ。かなり薄いが、ドローにする手はあった」
シシーも脳内で思い出す。あの場面はサーシャはクイーンを捨ててでも、◇ナイトg5を警戒すべきだった。そうすればその先で、ドローへの道がコイツには見えただろう、と結論づける。
ケーキの代わりにコーヒーを甘くしたサーシャも、対局を振り返る。
「いや、そこじゃなくて。シシーに先手番を渡したの。戦術ミスかな」
チェスにおいて、いや、ボードゲームにおいて先手番は、基本的に微有利になることが多い。一手先に指せるということは、ゲームを主導する立場になり、やりたいことができるという点では、後手よりもやりやすい。
届いたコーヒーを上品に味わいながら、シシーは肯定する。少し酸味が強い。
「当然だ。有利な先手番をなぜ渡した。また違った結果になったかもしれんのに」
そのルールを追加した時点で、なにか理由はあったのだろうが、自分から不利になっていることは明白。シシーには理解できなかった。先手が欲しい、ならわかるが。
俯きながら、少しだけ口角を上げてサーシャが告げる。
「……リディアがね、言ったんだ。『たぶんシシーは攻めよりも受けのほうが得意。だから、先手を譲って序盤で一気に持っていくべき』って。あのときそう感じたんだろうね」
昨日、勝負はつかなかったが、途中まで指した対局。そこから、サーシャ達はそういう結論に達した。結果、負けてしまったので正しかったのかはわからない。
そして、シシーが気になった部分。そこを問い詰める。
「結局、リディアというのはなんなんだ? お前の妄想か?」
もしそうだとしたら、最初に会ったときは完全に女性だと感じた。サーシャ自体も中性的な印象ではあるが、それでは説明もつかないほどに。
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