第9話

 シシーは表情を全く変えずに、心臓も平常の速度。上半身だけとはいえ、いたるところにキスマークができているが、それも気にならない。どうせ誰も見ない。それよりも次にブリュートナーと当たったら、是非とも黒番が欲しい。フレンチディフェンスで引きずり出す。


 シシー・リーフェンシュタールはアセクシュアルな人間だ。誰に対しても性的な目で見ることができない。もうひとつの隠した性癖、『誰かに触れられることを極端に嫌う』。たとえそれがどれほど美しく、高貴な人物であっても。だからこそ自身の罰として受け入れた。そういうリスクを負っている。表情こそ変わらないが、嫌悪感しかない。彼女がこんなに美しくなければ、あの時の輩のようならば、もっとリスクを楽しめたのに。


「なら、ドローは罰ゲームなしにすればいいのに」


 手を離して、ララは自身の着崩れを直す。そして何事もなかったかのように、ドレッサーに座って携帯をいじり始めた。またなにかSNSに投稿しているようだ。


 シシーは舌に違和感を感じた。軽く噛まれたみたいでむず痒い。どうでもいいか。自身も再度着崩れを直し、今度こそ自室へ帰ろう。の前に、ララの質問に返す。


「それじゃダメだ。ドローに持ち込もうと考えた時にはもう遅い、そんな指し方ができなければ強くなれない。気付かれるのが早かった」


 シシーとララの視線が合う。が、シシーは彼女のことを見ていない。そういう行為に移るまでの過程の感覚が楽しいだけ。それ以外は寒気がする。だから、ララじゃなくても誰でもよかった。たまたまお互いにメリットがあっただけの関係。


「ねぇ、本当に私のものにならない? お金は弾むわよ」


 そんなララの提案を受けたいと思う人は、世界を探せば山のようにいるだろう。男女問わず。それだけ魅力のある人物だとはシシーも思う。だが、単純に興味がない。


「ならないよ。こういうことしたくないから、賭けが面白いんでしょ」


 もし彼女のものになってしまえば、気軽にリスクのある賭け事などできなくなってしまうだろう。独占欲の強いララのことだ。軟禁されるかもしれない。あ、そう考えたら、今日もしこの後の対局、一回でも負けたら、彼女のものになろう。シシーは笑みを浮かべた。


「もう行っちゃうの?」


 いつの間にかルームウェアに着替えたララが、ドアノブに手をかけたシシーの背中に抱きつく。高級そうなシルクのガウン。もっと家賃の高いところに住もうと思えば、余裕で住める。しかし、シシーがいる限りここからは動かない。逆に、シシーが引っ越すなら地球の裏側だろうと行くと決めている。


「もうここには来ない」


 一生負けなければ、ここに来る必要もない。もう、誰とも触れ合わなくていい。子供も生まないし孕ませることもできないし、オレはオレだけのままで終わりたい。シシーは決意を強くした。


 その圧力か、そっとララは不満そうに離れる。


「今日は、ね。また待ってるわー」


 シシーはチラッと一瞥し、


「来ない」


 ゆっくりと部屋から出て行った。が、自分の中で少しづつ、チェスに息苦しさを感じている。


(いつまで賭け事なんて続けている気だ、オレは)


 スリルに慣れてきてしまっている。長くは続かないと、自分自身、悟っていた。

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