02 ■多き女

 ツイート検索を続ける。

 ドラマの感想やミズキチへのエールといったツイートの合間、忘れた頃にひょっこりと現れる謎シチュエーション露出女の画像。地味に面倒臭いスパム報告の手順を堪えながら、5つほどのアカウントを処した。そしてまた、6つ目のスパムツイートが目の前に現れたところで、はたと気付く。

 なんか……腕が多い。

 強烈な違和感がある。

 それに、画像の構図には既視感もあった。

 既にブロックした5つのアカウント、そのうちのどれかが、似たような画像を上げていた気がする。

 大学の中庭のような背景。ベンチにゆったりと腰を下ろしている、なぜか下着姿の女。そして、異様な左腕。

 女の左腕は肘から枝分かれしており、それぞれがそれぞれの手に別々のジュースを持っていた。

 よくよく見てみると、指もおかしい。

 右手には指が4本しかないのだが、左手――といってもこの画像の女には左手が2本あるので、オレンジジュースを持っている方の左腕、かりに左腕Aとする――には指が6本あり、しかもそれぞれがデタラメな方向に向かって生えて、ところどころ融合していた。何かやらかしてエンコ詰めたのかもとか、生まれつきの多指症なのかもとか、そういうレベルの話ではない。というかそもそも腕が多い。

 しばし考え込んでしまったが、ふと思い出した。

 そうか。これが噂に聞く、AI生成画像というやつか。

 そういえば、ネットで聞いたような気がする。どうやら画像生成AIというのは、細かい人体構造や文字を出力するのはあまり得意ではないらしい。それなりの頻度で、どこかに歪みが出る。例えば指の本数、腕の位置、衣類の構造……細部に違和感がないか注視すれば、それが生成AIを使って出力した画像かどうか、素人でもある程度見分けられるというのだ。「まあ、手とか腕を綺麗に描くのが苦手……っていうのは、人間も同じなんだけどね」というのは、趣味で絵を描いている伯母の言葉だったか。

 兎も角、なるほど。なんとなく見えてきたような気がする。

 このスパムアカウント、いやbotどもの親玉は、いくつかの『参考画像』を生成AIに学習させて新たにそれらしい画像を生み出させ、目視チェックもせずにそのままツイートしているわけか。何の罪もないトレンドワードを巻き込んで。

 ますます一匹残らず駆逐したくなってきたが、そういうメカニズムだと仮定すると、あまりにも敵の数が多すぎる。しかも奴らの兵隊にはおそらく、中の人などいない。勝てる気がしない。そもそも勝ち負けの定義もわからないが。

 途端に、こうして地道にスパム報告をするのが馬鹿らしくなってきた。数分前はあれほど息巻いていたのに、一瞬でここまで気持ちが萎むとは我ながら情けない。だが、こんなやり方をする奴らを相手に戦うのは時間の無駄に思えてしまう。

 行為そのものが無意味だとは思わないものの、この途方も無い数を相手取って、報告をやりきる気力は俺には到底起こらない。

 スマホを枕元に投げ出し、ごろりと天井を見上げる。

「ミズキチ……すまない」

 俺は推しのために戦うことを諦めてしまった。弱いオタクだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る