第8話 離宮にて






 最初は何の悪ふざけだと思ったが、俺は本当にそのまま離宮に連れて行かれて住むことになった。

 そこは皇帝宮から一番遠い離宮で、仕えている者たち以外は、3人目の王子であるショーンだけが今まで1人で住んでいたらしい。


 内心、ショーンが可哀想な気がした。あんなに小さいのに、生まれたときから1人でこんな広いところにポツンと住んでいるなんて。前世の記憶が混じっているから余計にそう感じるのか、それとも自分はハーレムの女達に日々可愛がられて過ごしていたからか……。


 そこまで考えて、急にダーシャが恋しくなった。


「……ダーシャ」


「どうしたの?眠れないの?」


 横で寝ていたはずのショーンが、ぐるんと此方を向く。ファーストコンタクトではクソ皇帝に似ていると思ったが、この子は目が澄んでいて…と言うか、そのあまりの透明度に戸惑う程だった。


 ピュアだ!めっちゃめちゃピュア!腹違いの弟を自分の離宮に押し付けられた挙げ句に、わざわざ心配して部屋に来てくれる程にピュアだ!何故か同衾することになったけど!あのクソ皇帝の息子には思えん!ピュアショタだよ!


 いや、寧ろ俺のがハッキリあのクソ皇帝の血を受け継いでるんじゃねーのか?猜疑心強いし性格悪いし口悪いしさぁ…いや、これは前世からか?


「どーしたの?知らないところに来て、悲しくなっちゃった?」


 思わず脱線した方向に進む思考が、ショーンの言葉で引き戻される。デッカい宝石みたいなお目々で此方をジッと見詰めるショーン。

 うわぁぁ、世が世なら、王子様系ショタアイドルで天下取れるな。いや、本物の王子様だったわ!


「お兄様の眠りを妨げましたか?」


「ちーがうよっ!お兄様は、イアスが安心して眠れるように隣にいるんだから!ね!」


 どうやらお兄ちゃんぶりたいらしい。まぁ、今まで1人でいたみたいだし、単純に弟が出来て嬉しいのだろう。

 しかし、俺ってこの子と殆ど年齢差はない筈だが……。確か、俺の年齢って6~8歳だったよな?正確には分からん。ハーレムの女達は誕生日会とかやらないしなぁ…そいや、俺の誕生日って実母の命日じゃん!そりゃー、祝うに祝えないわ!気まずいわ!


「お兄様はお幾つですか?」


「ん?8つになったばかりだよー」


 滑らかな白いシーツに潜り込みながら、ショーンは楽しげに答えた。


 ゲッ!ほぼ仕込み時期同じなんじゃね!?クソ皇帝、同時進行かよ!まぁ、ハーレム持ってるしな!?


「僕は多分、ろ、6歳かなぁ~」


 俺は口元を若干引きつらせながら折衷案の年齢を呟いた。


「そうなの?もっと小さいと思ってた!」


「自分が幾つかよく分からなくて…多分そのくらいかなと…」


 ピュア過ぎる視線に負けて、一応正直に伝えてみる。正確な年齢は本当に知らない。何故なら己の生年月日がいつかも知らないからだ。まぁ、数え年って可能性も考えたが、先ほどのショーンの発言で消えた訳だし。


「自分のお誕生日分からないの?」


「誕生日を祝って貰った事ないので、分からないです」


「そっかー、お兄様と同じだね!お兄様もね、誕生日のパーティー??ってしないの。日にちは知ってるけど、いつも通りなんだよ!」


 口元に小さな手をやって、くふふっと笑いながらショーンは当たり前みたいにそう云った。


 おいぃぃぃぃ!!あっっの、クソ皇帝ぇぇぇぇぇぇ!?離宮で育ててる正式な息子もちゃんと可愛がってないんかい!!皇帝のくせに誕生日パーチィーくらいしてやれよボケカス絶倫マヌケインポになれっっっ!!!


 心の中で絶叫しながら呪いつつ、俺は手を伸ばしてショーンをギュッと抱き締めた。前世の記憶がある自分としては、ショーンは余りにも健気可哀想で、アンちくしょう!どうにかしてやりたくて放っておけないぜ!と云う気分にさせられた。


 初日でコレ!俺がチョロいのか、それともショーンが魔性のショタなのか……、いや、俺がチョロチョロなだけだ。前世から、クソ野郎には厳しいが可愛いものには頗る弱い。特に小動物系はダメだった。犬猫の感動ものとか映画館でも号泣しちゃうタイプだったのだ。


 そもそも、こんな幼気ピュアっ子が放置子宜しく離宮に置かれているなんて!あっっのクソ皇帝っっっ、改めて絶許!!


「どーしたの?寒いの?ヨシヨシ、お兄様にくっついていればいいよ~」


 俺が胸中で皇帝への殺意を高めていると、俺の身体が小さいせいか、ショーンに縋り付く形になっていると気付いた。ヨシヨシと優しげに小さな手で背中を撫でられ、涙がちょちょ切れそうになる。


 クソ皇帝の息子だけど、本当にショーンは純粋無垢だな!このまま、ピュアっ子を守ってやらねば!っうか、ショーンの実母は何処だ?一緒に住んではいないようだが…


「今はもうお兄様がいるので、大丈夫です」


 身体をそっと離すと、ショーンは安堵したように息を吐いた。そして此方に掛け布団をかけ直しながら、ナイショ話しのように囁く。


「実はね、今まで1人だったから、ずっと弟がいたら良いのにって思ってたんだ。皇妃宮の子たちは3人でしょ?だからイアスが来てくれて嬉しいんだよ。お父様とはなかなか会えないから……」


「あの…お母さん…じゃなかった、お兄様のお母様は何処にいらっしゃるのですか…?」


「……私のお母様は、ずっとずっと前にお星様になってるんだって。だから会えないんだよ……」


 ピシャァァンと衝撃を受けた。王子様だし、母親と別の宮に住むとかあるよね?くらいに気楽に考えていた。馬鹿だ。あのクソ皇帝だし、他の妻たちがどういう扱い方されているか…もしかして実母と同じような……


 俺は、焦りつつ、あわあわしながら口を開いた。


「あ、あぁ……あのその、ごめんなさい……」


「何でイアスが謝るの?」


 キョトンとした大きな碧の瞳に見詰められる。寝室で薄暗いとは言え、ここまで近いとハッキリ表情が分かった。ショーンにとっては母親の事は当たり前の事実でしかないのだろう。でも悲しいのは変わらない筈だ。


「お兄様に、悲しい事を思い出させてしまいました」


「大丈夫だよ。お母様に会ったことはないけど、お母様の絵は見たことがあるから。それに、お母様は私が生まれるのをとても楽しみにしていたんだって。だから悲しくないよ」


 小さくニコッとしてから、ショーンは此方に手を伸ばしてキュッと握った。そして、少し躊躇いがちに問う。


「イアスのお母様は?」


「ダー…じゃなかった。僕の実母は僕を産んで亡くなったそうなので、よく知らないんです。多分、絵もないですし、名前も聞かされておりませんから……って、お兄様?あの、な、泣かないで、」


 あくまでも客観的に、俺は淡々と話したのだが、直後ショーンはポロポロと涙を零して泣き出した。ショーンの母親の事を思い出させてしまったのがいけなかったのかと思ったけれど、ショーンはグシグシと小さな手で涙を拭いながら告げた。


「イアス、お兄様がね、これからイアスの事を守るからね。寂しくないからねっ」


 握っていた手をギュギュッと確認するように握り込まれ、俺は少しドギマギしながら頷いた。

 先ほど、俺がこのピュアっ子を守ってやろうとか呑気に考えていたのに、逆に相手から宣言されてしまった。俺は、中身は一応成人済みの野郎であるが、外見はショーンよりもチビなのだから仕方ないのかもしれない。


「ありがとう、お兄ちゃん」


 脳内で前世の感覚が大きくなっていたせいか、ウッカリ言葉が口を吐いて出てしまった。ヤバイと思ったが、俺の素直な反応に、ショーンは目元を赤らめたままニョニョとして口をムグムグさせている。どうやら、初めてのお兄ちゃん呼びに照れているらしい。


「そ、そろそろ寝ないと寝ぼうしちゃうよ」


 照れを隠すようにショーンはそう言って、握っていた手を掛け布団の奥に突っ込んだ。


「そうですね。おやすみなさーい」


「おやすみ、イアス」


 優しい異母兄の囁きを聞きながら、俺は目を閉じた。明日以降、どうなるかは分からないが、クソ皇帝の思惑が何でも、俺のすることは決まっている。


 一分一秒でも長く生き延びる!そしてクソ皇帝を倒し、ハーレムのお母さん達に自由で幸せな人生をあげるのだ!あとショーンにも!


 その序でに、この国がマトモな国になればいーなー!ハーレムとか男の夢とか言うけど、入れられて閉じ込められてる方は堪ったものじゃないよ!惚れてても苦しいし、惚れてないなら余計に苦痛だし!奴隷出身とかで、元の環境が悪かったりしたらまだハーレムがマシに思えるんだろうけどさっ!


 兎に角、明日から情報収集頑張ろっと!!





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