第7話 血と息子
それから三日ほど奴隷窟へ放り込まれたまま、特に動きはなかった。まさか、一生奴隷窟処分とかに…と、一瞬恐怖したが、あのクソ皇帝がそんな甘い処分な訳はないと思い直した。
奴隷窟に幽閉するにしても、拷問もセットの筈で、その時には必ずここから出される。ならば、そのチャンスに賭け、無謀でも何でも脱走を試みようと俺は考えた。
どうせ殺されるなら一泡吹かせてやる!そのくらいの気概は失ってないぞ!そう息巻いていた数時間後、俺は問答無用に皇帝宮に引っ立てられていき、手枷を付けられたままだったが、見知らぬ侍女に囲まれ、入浴と着替えを強制的にさせられた。早い段階で、懐に忍ばせていた窟の中で集めた小石は、没収の憂き目に遭い無駄になったが、これから侍女達による拷問スタート!という疑いは消えていない。
内心いつ始まるのかビクビクしながら、常に隙を覗いつつ、小綺麗になった俺は近衛兵っぽい男と侍女に促されて、広く長い廊下を進んで行った。
まさか、皇帝の前で敢えて小綺麗にした俺を拷問に掛ける趣向なのだろうか?それとも皇帝自ら被虐趣味を開陳するつもりなのだろうか?若しくは、子供の俺が助かったと信じた瞬間に絶望へ突き落とすつもりか?
最早、俺の中で皇帝のイメージはジル=ドレイになった。アレだ!恐怖には鮮度があります…とか云う奴!史実でも男児を拷問に掛けてピーしたりピーしたりした奴!
あぁ、これ【転生したら実父がジル=ドレイでした】ってタイトルのラノベになりそう!
「よく来たな」
余計な事を妄想してる間に目的地に着いてしまった。ここは、ハーレムの広間よりは広いけど、多分、正式な謁見の間ではないだろう。前を見ると、皇帝は豪華な椅子に座って待ち構えていた。
ハーレムも何もかもキラキラペカペカしていたが、此方はそれよりも豪華絢爛だ。前世の宮殿特集とかで見たハイビジョン映像を思い出す内装と磨き上げられた床に、俯けば己の姿が映り込んでいる。
ここで拷問スタートかぁ…、床が汚れるなぁ…等々どうでも良いことを考えている間に、どうしたことか近衛兵によって俺の手枷が外された。
何だ?油断を誘う罠か?それとも恐怖鮮度のスタートか?
「此方に来るがいい」
皇帝の発言に、はぁ?と思ったが、横にいる近衛兵に背中を押されて蹌踉けつつ近くまで歩みを進める。やはり、自ら拷問するつもりなのだろう。今のところ道具は見えないが、これから色々と運ばれてくるのだろうか。
そもそも、俺には前世から通算しても拷問道具の知識は殆どない。鉄の処女とか苦悩の梨とか…その程度だ。まぁ、知っていたところで苦痛が和らぐ訳でなし。幸い、この幼い身体だ。そう長くは保たないだろう。苦しむ時間は短くて済む。
諸々、俺は覚悟を決めた。しかし、このままでは如何にも悔しいので、皇帝の顔に唾を吐きかけてやることにした。それが、今の俺に出来る精一杯の一矢報いる行為だ。
くそぅ…、小石を没収されていなければ、石で皇帝の目を潰してやったものを!
俺が内心歯嚙みしつつ皇帝との距離を計っていると、奥の扉が開き、ひょっこり誰かが現れた。
「お父様、私をお呼びですか?」
小さな頭がのぞき、俺とそう歳の違わない男の子がいきなり登場した。フワフワのカールした紅茶色の髪と、傷一つない両手、そして明るい碧の瞳。色素だけで云えば、皇帝の容貌と男の子はそっくりだった。並ぶと皇帝のミニチュア版みたいに見える。まぁ、皇帝とは目の奥の暗さが余りにも違うが。
「来てくれたか、ショーン。お前に頼みがあってな」
クソ皇帝がその子に父親の顔で接する様に、俺はドン引きした。コイツの本性を知っているだけに心底気色悪い。
ま、まさか……、無垢な子供の前で、同年代の子供を拷問するという新手の被虐趣味を開陳するつもりか!?
想像絶する展開に、俺は唾を吐きかけてやることも忘れて固まった。しかし、男の子は無警戒にトトトッと皇帝の傍に寄る。
「この者は、お前の弟だ。今後、離宮で過ごす事になるから、気に掛けてやってくれ」
「弟!?私に弟がいたのですか!?私より下の兄弟はいないと以前お父様が」
「訳あって、別の場所で育てていたのだが、更に教育を施すために此方の離宮に移すことにしたのだ」
ペラペラと皇帝は経緯を都合の良いように話し、俺の方を和やかに見た。
何何何これ!キショっ!!どういう事!?急に俺を息子扱い!?それとも何かの罠!?何の説明もないし、意味が分からないんですけどー!?!?
内心パニック状態になりそうな俺と違い、ショーンと呼ばれた男の子は嬉しそうに此方を返り見た。
「私はショーン。私のことはお兄様って呼んで良いよ!あと、君の名前は?」
燥いだ声色で言い募るショーンに、俺は面食らって口籠もった。とりあえず、ショーンは皇帝の実子である事は明白で、一応、可愛がられているらしい。
とりあえず、この子の前での拷問スタートはないようだ…と考え、俺は急いで笑顔を作って見せた。
「僕はイアスです。宜しくお願いします、お兄様!」
俺は反射的に出来るだけキュルルンとした表情であざとく弟を演じた。まぁ、現状の俺は純粋な幼児って訳でもないし、どちらにしろ演技をすることになるのだから、可愛がられる方向性の方が良いだろう。まだ、皇帝の罠の可能性も高いが、今の状況では対策の取りようもないのだ。
「イアス!宜しくね!」
皇帝の座っている一段高い場所から、ショーンはピョンと下りると、此方に躊躇いなく近付いて手を握ってきた。
「イアスのお手々小さいねぇ!身体も小さいし、私が守ってあげるからね!大丈夫だよ!」
フンフンと興奮した様子で、ショーンに手を握ったまま捲し立てられた。どうやら、俺のことを自分よりかなり年下だと思ったらしい。まぁ、隠遁生活だったし、発育はイマイチで年齢の割りに小さいのも認める。でも、そもそもが黒髪で黒目がちだと歳より幼く見えるのだ!俺は悪くなーい!!
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