第5話 悪魔の証明







 

 やっていない事を証明する、それを悪魔の証明と云うことがある。最初から罪を犯していなくとも、行動の証明より無行動の証明の方が難しいのは通りだった。


 俺の場合、実母は一応行動はしている。既に、妊娠に至る行動はあったわけだが、その相手の証明が遺伝子検査のない世界では非常に難しい。先ず、実母は何年も前に死んでいるし、ダーシャたちによれば、実母の不貞の相手と思しき男は全て処分済みらしい。余程、怒り心頭に発していたんだろう。まぁ…、生きていたとしても、その証言なんて皇帝が信じる訳もないが。


 この世界のクソ皇帝だけでなく、歴史的に見ても、貴族階級や権力者が跡継ぎを産む女達に処女である事を求め、そこに拘ったのも、托卵を恐れての事だとよく分かる。


 とは言え、処女であっても信用出来ず、一晩終わると直ぐに手にかけまくっていた千夜一夜の王様や、男が生まれないと女達のせいにして次々と妻を換えていた王様、はたまた女に相手にされない腹いせに魔女狩りを推進した聖職者なんかもいたりして、前世の世界も大概である。


 本当に遺伝子検査様々!これで疑心暗鬼に苦しむ男達と、冤罪に苦しむ女達が減ったよ!正し、托卵されてたら遺伝子検査でハッキリ証明されて男は脳破壊だし、子供は可哀想だけどね。

 え?托卵した女?知るか!罰を受けろ!




 ハァハァ、脱線した。ともかく、俺はどうにかこうにか数日間掛けてハーレムの女達全員の凝集反応を証明してみせた!奇跡だ!全員が俺とは一致しなかった!


 いや、待てよ。まさか、俺だけ何か特殊な血液を持っているとかじゃあるまいな…。確率論で云えば、ハーレムの女達が全員金髪美女だからって、俺と全員一致しないのは不自然だ。少なくとも数人から数十人は引っ掛かる可能性があったわけだが。そもそも、俺はまさかハーレムの女達全員に本気でやらせるとは思っていなかったのだ。

 3割ほどやった辺りで、皇帝との血液判定に持ち込むつもりだった。まぁ、即座に突っぱねられた訳だが。


「貴様の呪わしい血が証明されて満足か」


「ハーレムの女達に咎がないことが証明されて安堵しました」


 眼前に引き出され平伏する俺に、皇帝は嘲笑を滲ませながら告げた。それに対し、俺はハーレムの女達に被害が及ばぬよう確定事項にするべく発言した。

 この後、俺に何が起ころうと、女達に累を及ぼすべきではない。


「母親に似て姑息なもの言いよ」


「皇帝陛下より、実母を実母と認めて頂きましたこと、嬉しく思います」


 頭を下げたまま、声に喜色を混ぜてやった。以前は、ハーレムの女達が秘密裏に産んだとかあらぬ疑いを掛けてきていたのだ。自ら認めた発言に関しては、此方も発言して確約させてやる。


「あのような卑しい女の、実子として認められて嬉しいとはな」


「実母の生きた姿を見たことも御座いませぬ故に、己の出自がどうあれ、ただ安堵の気持ちが大きいので御座います」


 いちいち、此方を侮辱したいようだけど、俺としては気にもしていない。実母が奴隷出身だろうが、何だろうが、それがどうした姿焼きだ。現代の日本人の感覚も混じっているからな。母親がどうとかで恥とも何とも思わないぞ!俺は俺だ!あと、ダーシャたちが彼女に同情していたみたいだし、実母はそんな悪い人間じゃなかったはず!

 俺はクソ皇帝よりダーシャたちの方を信じる!


「安堵するにはまだ早いぞ…、貴様は存在自体が裏切りの証なのだ。これから、」


「皇帝陛下自ら、罪を証明してくださる事、光栄の至りでございます!心より有り難きことと万感の思いを抱いております!」


 皇帝の発言の言葉尻をとってハキハキ応えてやった。平伏したまま、気付かぬフリをして子供故の愚かしさを演出してやる。


 畢竟、何の罪か、誰の罪かは、敢えて言及しなかった。それは皇帝にとっては実母と俺の罪なのだろうが、俺にとっては、冤罪で実母をぶっ殺した挙げ句、俺を殴り殺そうとした皇帝の罪だ。


 これから、運悪く俺が特異な血の持ち主で、皇帝と一致しなかったとしても、それはそれ!お前の手に掛かろうが、全ての罪は俺が覚えておいてやるからな!次に転生したとして、この世界でお前がまだ生きていたら、どんな手段を使ってもこの手でぶっ殺してやる!


 多少の空元気を含みながら、俺は笑顔で顔を上げ、皇帝を真っ直ぐに見詰めた。そこには多分、恨みや怨嗟の一欠片もなかっただろう。


 それらは、最早、来世へ持ち越しだ!という、一種の開き直りにより、俺は晴々しい気分になっていた。切迫した状況で逆にハイになってるのかも知れない。



 …………。


 あー、やだ。変なところでテンション上がるっての皇帝の血か?って一瞬思っちゃったじゃん!縁起悪っ!



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