王宮のうさぎ ~足掻く者達 特別編~
とぶくろ
その1
王国東の国境にある、ディーン・アングリード子爵領。
兵も弱く、金も利権も少ないので王国を抜け、東の帝国へ加わりたい。
王国を裏切って帝国の新皇帝に取り入り、帝国貴族になろうと画策する。
そんな男を受け入れる皇帝ではないのだが。
隣接するアレン・グレイトン伯爵は、代替わりしたばかりの若い当主だった。
血気盛んな若者なのか、別派閥の子爵を潰しておきたかっただけなのか。
アレンはディーンの裏切りを察知して、突如アングリード領へ攻め込む。
国境沿いの隣接する領土で、王国貴族同士の内乱が始まってしまった。
兵も金も糧食も、総てが若き伯爵、攻め込んだアレンが圧倒していた。
当然のように周囲の貴族に、助けを求めるディーン子爵。
助けて貰えるのが当たり前だと、疑いもせずに東の帝国へも密使を送る。
金もないのに傭兵も募る。
農民だろうと町民だろうと、武器をやるから代わりに戦えと。
周囲の貴族にも、攻められているのだから、援軍を送れと使者を出す。
兵が弱く少ないので、自力では守り切れない。
だから助けに来い。
助けられるのが当たり前だ。
そんな不思議な思考で、真面目に救助を求める子爵だった。
「……で? 貴族同士の戦なんて、止められませんよ? 暗殺でもしてこいと?」
王都の外れ、クロカンド
一人、供も連れずに訪れたエミール・ナザル・クロカンド侯爵。
王国の執政から、貴族同士の内戦を告げられた男が、溜息まじりに応える。
エミールから与えられた屋敷に住むが、部下でもなくへりくだりもしない。
紅茶を啜る男に、腹をたてるでもなく、侯爵は笑顔で応える。
「どちらも消耗してくれたら助かる中央としては、両者の争いを止める気も、実はなかったりするのですよ。どちらの貴族も、どちらかというと無能でしてね。帝国へ寝返ったとしても、さして痛くもありません」
「共倒れでも待つ気ですか? 帝国の介入なんてあったら面倒では?」
所詮は他人事。
さして興味もなさそうに、男は話に付き合ってみた。
「あまり領土を荒らされるのも、農民が減るのも望みはしませんから。しばらくしたら、止める事にはなると思います。帝国としても、彼等を取り込んだところで、メリットはありませんから、今の皇帝なら受け入れないでしょう」
「ある程度、有能な相手だと、動きが予測できて楽ですね~」
手作りカスタードプリンをつつきながら、男が軽く笑う。
注) プリン
固める為に卵が入っているものを、カスタードプリン(プティング)と呼びます。
卵ではなく、ゼラチンで固めたものを、プリンと呼ぶそうです。
ゼラチンで固めたらゼリーなのではないか、とも思いますが。
男が作ったのは、ほぼ茶碗蒸しと同じで、カスタードプリンです。
泡立てないように、卵の白身を切って混ぜるのは少し面倒ですが、卵と牛乳を混ぜて、加熱して冷やすだけなので、ご家庭でも割と簡単に作れます。
レンジでも鍋でも、焼くより蒸す、蒸らすように気をつけると、ふんわりやわらかくなります。沸騰しないように、様子をみながら、ゆっくり加熱しましょう。
注意点としては、カラメルにお湯を垂らす時、はねるので火傷しないようにしましょう。蓋の隙間から入れたり、笊を被せたりすると、いくらかマシです。
王国とはいっても、国王を頂点に、すべての貴族が従う一枚岩ではない。
人が集まれば、当然派閥が出来る。
貴族のあいだにも、派閥があった。
一つは国王への忠誠を誓う国王派。
エミールも一応、表向きはここに属しているらしい。
対抗するのは、自己の利権を優先する貴族派。
今回、攻め込まれた子爵は、この貴族派らしい。
同じ派閥でも実際は、さらにいくつかに分かれてはいる。
それでも、大きく分けて二つの派閥があった。
厄介なのは、最近増えている第三の派閥。
代替わりしたばかりの若い貴族が、中心となっている派閥がある。
どうも何かの宗教が絡んでいるらしいとしか分からない。
上位の貴族や富裕層が多く参加しているようだ。
今回攻め込んだ伯爵は、どうやら、この派閥に属しているらしい。
「はぁ……貴族の派閥争いとか、まったく興味ありませんが」
「まぁまぁ、この争いはどうでも良いのですが、厄介な親戚がいましてね」
アングリード子爵の親戚に、ダリン子爵という中央の貴族がいた。
凡庸だが忠誠心は高く、実直で、与えられた仕事は無難にこなす。
当然ながら、何代も前から国王派の貴族だ。
その子爵の息女アリーゼは、王国の姫カミーユの友人だった。
幼い頃から学友として、第一王女のカミーユ姫に仕えていた。
「あぁ、問題はそっちのお嬢様でしたか」
「はい。アリーゼ嬢を、暗殺者が狙っているようです」
「まさか、護れと? 人の護衛は苦手なんですよ」
「近く、王宮で王子主催の宴があります。その日に、アリーゼ嬢を狙う暗殺者が紛れ込むと、情報が入りました。どうでしょう。お力を貸していただけませんか」
王子主催の王宮パーティーなんぞ、目立ちたくない男が近寄る訳がない。
そのくらいは、エミールも理解していた。
その智謀で、宰相の地位をもぎ取ったエミールだ。
男に無駄な要請を、出す筈もなかった。
王宮での宴当日、急遽作らせた青いドレスに身を包んだ幼女は、不機嫌だった。
「リト姐さん、綺麗ですよ~」
「うんうん。凄く似合ってますよぉ」
幼女と同じ奴隷、羊の獣人レイネと猫の獣人エルザが、幼女を褒める。
「ひらひら、だぶだぶして動き難い」
小さな兎耳を生やした幼女、獣人で奴隷のリトが、ドレスを嫌がっていた。
「お姫様みたいで可愛いぞ。肩も出ててセクシーだしな」
マスターである男も、リトのドレス姿を褒める。
「っ! えへへ~……かわいい~」
ずっと愚図っていたリトだが、男のひと言で機嫌よく踊り出す。
蕩けるような笑顔で、くるくる回り出した。
エミールの要請で、王宮内にリトを入れ、姫と令嬢を護る事になった。
マスター以外に興味がないリトを、やる気にさせるのは大変だった。
結局、肉を与えて御機嫌をとり、男の命令でやる気になった。
それでも不機嫌だったリトだが、男のひと言で浮かれて踊り出していた。
「気をつけてな、リト。危なかったら、姫でもなんでも見捨てて逃げるんだぞ」
「うぃ~。分かった。怪我しないように護る。カミーユなら盾にも囮にもなる」
姫より令嬢より、奴隷が大事だと、侯爵の前で言い切った。
男の言葉が絶対なリトも、迷わず頷き、命令を受け入れた。
「いや……なるべく、姫様だけでも護ってください。まぁ、怪我しないように」
困り顔のエミールが、小さな声でリトに頼んでいた。
奴隷に頭を下げる宰相を、羊と猫が、生温かい目で見ていた。
注) あたたかい
からだ全体で感じる風や気温は暖かい。
からだの一部で感じる温度や心情は温かい。
紛らわしいですね。
さらに『か』を抜くと『
めんどくさいですね。
辞書によっては『暖かい』しか載っていなかったりもします。
統一してから販売して欲しいですね。
日本語を勉強して覚えようとする、外国の方々は大変なんだなぁと。
最近そんな事を、今更ながら感じました。
誰がこんなにややこしくしたのでしょうね。
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