不完全小説、あるいは追憶

ななしみ(元 三刻なつひ)

◇0「序文」


 これは儀式だ。

 私が果たせなかったもののための。



 私は思い出す。

 六年前。二〇一五年の十一月。私は少女だった。

 私はその日、生まれて初めて電車に乗って、生まれて初めて自分の住んでいた町を出た。揺れる電車の窓から、青く凪いだ海が見える。水面が冬のはじめの太陽をキラキラと照り返す。瞳の中で、その光が何度も、何度も瞬いては消える。

 私は少女だった。かつて私の世界には憂鬱なものしかなく、私の嫌いなものばかりがあった。露悪趣味的な性格で、物事の全てを斜めに構えて見ていた。それを思い出す。

 私はあなたの待っているはずの駅に向かっていた。私はあなたの顔も性別も、本名も知らなかった。緊張と混乱、大きな不安を抱えたまま、座席の隅に蹲る。

 私は、少女だった。私はあなたが好きだった。あなたがまるで、透明な殻を纏った幽霊のような人で、私の世界は壊れそうなほど脆く、その中であなたの存在だけが、全てを支える光だったからだ。私はあなたに憧れ、焦がれ、愛していた。


 十六歳の私、原潮はらうしおは、死んだら夏の海になりたかった。だけど、その思いは果たされることなく、消えていった。これから語られるのは、そういう小説だ。

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