人生近道クーポン券

クロノヒョウ

第1話



「誕生日おめでとう!」

「ハッピーバースデイ!」


「ありがとうございます」


 俺の誕生日、大学の先輩がお祝いにと居酒屋に集まって飲み会をひらいてくれた。


「石井、アレは届いたか?」


「ああ、はい。今朝届いてました。人生近道クーポン券ですよね」


「そうそう。よかったな」


「いや、別に……」


 二十歳になると国から「人生近道クーポン券」という物が配付される。


 昨年から始まった、この国を豊かに生きやすくしようという国の政策だった。


 期限は当日のみ有効と短いのだが使い方は簡単だそうだ。


 クーポン券のQRコードを読み取り個人ナンバーを入力する。


 本人確認が取れたらチャット形式で希望することを伝える。


 ほとんどの人間はお金を望むらしい。


「石井もお金か?」


「いや、俺はまだ決めてません」


 先輩が酔ってニヤニヤしながら興味津々に聞いてきた。


「なんだよ、他に使い道なんかねえだろ。考える時間もないし」


「そうです、かね」


 中には起業したり愛する人との結婚を望んだ人もいると聞いたこともある。


 俺もどうせなら大学に入る前にこのクーポンが欲しかった。


 そうすればあんなに苦労して勉強しなくてもこの大学に入れたのに。


「お金があったら人生楽だぞ。将来の心配もしなくてすむ」


「そうそう。何も不安がないし、好きなことを好きなだけやれる。それに、それが親孝行ってもんだろ」


「はあ……」


「金があるってことはどういうことかわかるか? みんなが金を使って世の中がさらによくなるんだ」


「お前もお金を貰ってどんどん使え! そうすればこの国はもっともっと豊かになるぞ!」


 酔っ払った先輩たちをふりきって俺は早々に自分のアパートへ帰った。


「石井くん……」


「早苗? どうした?」


 アパートの俺の部屋のドアの前に彼女の早苗が立っていた。


「今日は飲み会だって言っただろ?」


「うん。でも心配で」


 何か言いたそうな早苗。


「とにかく中へ」


 早苗を部屋にあげ落ち着かせた。


「で? どうした?」


「……石井くんがあのクーポンで悩んでるんじゃないかって思って」


「ああ……まあ」


「私も時間がなくって先月の誕生日に慌ててお金を頼んでしまったでしょ。確かにお金があるっていうだけで心に余裕ができるし安心もするの。ただ……」


「わかるよ。つまんないんだろ」


「つまんない……そうかもね。旅行とかやりたかったことやって欲しい物も手に入れて、この先何を求めて生きていけばいいのか考えてる」


「ああ」


「特に私なんかこれといった夢もないし、今までは普通に大学出て就職して結婚して子ども産んでって、そういうものだと思ってたから」


「お金があってやりたいことやっちゃったら人生つまんないかもな」


「一番喜んでいるのは両親。家も建てて車も買ってあげたから親孝行も終わり」


「家族がいる人はいいけど二十歳以上の人や子どもがいない大人たちのブーイングは酷いもんだよな。気持ちもわかるよ」


「本当にそう。犯罪を犯す人があとをたたないし、なんだかお金っていうものが怖くなってきた」


「こんな国、ぜんぜん豊かじゃない。お金があるから安心なんて嘘だ。こんなに将来が不安な国はないよ」


「うん」


「俺、やっぱりお金は止めた」


「お金なら私がまだたくさん持ってる。だから石井くんは自分がやりたいことをやって」


「……ありがとう、早苗」


 俺はテーブルの上に置いておいた人生近道クーポン券のQRコードを読み取った。




「先生、これなんて書いてあるの?」


 教室の壁に取り付けてある額縁を指差しながら子どもたちが俺のことを見上げている。


「これはね、『人生近道クーポン券』って書いてあるんだよ」


「ふーん」

「へえ」


 俺はあの時こうお願いした。


 まだ発展途上の国に学校を建ててほしい。


 そしてその経営を任せてほしいと。


 さすがに政府も断ることはできなかったのだろう。


 すぐに建設工事が始まり半年後には俺はこの異国の地に足を踏み入れていた。


 今俺は母国とは違って貧しい国で教育を受けられない子どもたちに勉強を教えている。


 今となってはちゃんと勉強して大学に行ってよかったと心から思っている。


 それがあったからこそこうやって子どもたちの笑顔を見ることが出来るのだから。


「よし、今日はみんなで本を読んでみような」


「はぁい」


 このクーポンでお金を手に入れた人たちは今ごろどうしているのだろうか。


 退屈でつまらない人生をおくっているのではないだろうか。


 大金を手に入れたことを後悔していないだろうか。


 人生はお金が全てじゃない。


 どんなにお金があっても心が満足していなければそれは意味のないことだから。


「先生、早くぅ」


「おう……」


 楽しそうに笑っている子どもたちと、俺の隣でそれを見守っている早苗の笑顔。


 お金なんかじゃ買えない純粋で美しいみんなの笑顔を見て、俺は心から幸せだと感じていた。



           完






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